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【番外編】自然と文明の戦い ~原発問題から動いた人の心~

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2012年10月号掲載 | 文・写真/小杉晶子

7月下旬の大飯原発再稼動。日本の国会の周りを埋め尽くす多くの脱原発デモの人々。福島原発事故以来、日本の未来を考えた結果、多くの人が「やっぱりこれは、どうにもおかしい」と街へ繰り出していった。人の心が動いた瞬間だった。

ワシントン州ショアラインで毎年開催されているソーラー・フェスタ
▲ワシントン州ショアラインで毎年開催されているソーラー・フェスタ(http://shorelinesolar.org)は、毎年規模が拡大されている

文明は本当に人を幸せにしたか

昭和44年に生まれた私ですが、その頃と現在を比べるだけでも電化製品による生活様式がガラッと変わっていることがわかります。うちは、新しいものに全く無頓着な家庭でしたから、当時普及し始めていたクーラー、電子レンジ、テレビゲーム、ビデオデッキ、もちろんパソコンなどもなかった生活。それでも私は毎日友達と外で真っ黒になって遊んでいた幸せな日々でした。
この間、日本の原発関係のお偉いさんがテレビの討論番組で、電気量が減ると経済が回らなくなり、人々の生活の質が落ちて不幸になる、というようなことを叫んでおられました。私の素朴な疑問。日本中の自動販売機をなくしたら、経済は落ち込みますか?
文明が生んだ便利な社会。しかしその便利な物が実は自然と対立しながら存在していることを私達はきちんと理解しているのでしょうか。福島の原発事故以来、たくさんの人が同じような疑問を抱くようになったのではないでしょうか。

ワシントン州ショアラインで毎年開催されているソーラー・フェスタ
▲ソーラー・フェスタには太陽光パネルを始めとしたたくさんのブースが出展
ワシントン州ショアラインで毎年開催されているソーラー・フェスタ
▲会場には電気自動車も多数展示。手前シェビーのボルト。後はニッサンのリーフ


同じ問題は昔にもあった

紀元前2,600年ごろの古代メソポタミア。人間と文明と自然破壊については、ウルクの王ギルガメッシュの後悔として彼の叙事伝に記されています。世界最古の都市国家ウルクの街に大きな城壁を建てることが、我が民の幸せと思い、王ギルガメッシュは、聖なるフンババの神がいる森へ入って木々を伐採したのでした。しかし後に伐採による洪水などでウルクの都市国家は滅亡してしまうという、悲劇の伝説です。

文明は、自然といつも対立した中で進んでいきます。文明とは、人類だけが持っている欲の塊だと思うのです。なかなかそれをコントロールするのは難しく、良く言えばこれは知的好奇心。原子力は、高等動物による知的好奇心によって作られたエネルギーということになるのでしょうか。しかし、どうしてその高等動物によって作り上げられた大量のゴミ(使用済み燃料)をどうすることもできずに、地下深くに埋めているのか。何十万年経っても毒性が消えないそのゴミを、地面に埋めてしまっているのか。高等動物は、そんな不合理さをもわからないのか。もう人類は戻れない道まで来てしまっているのかもしれません。

19世紀の文明と反抗

アメリカの文学者、ヘンリー・デビット・ソローは、19世紀に発達したイギリス産業革命による文明を徹底的に批判し、ソロー自身、マサチューセッツ州の郊外、コンコードにて自給自足の生活に入ります。彼の代表作『森の生活』(小学館)の中で、このように述べました。「文明とは、人間の生活状態が本当に進歩することだと断言するなら、私が思うにはただの賢い人達だけがその便利さを利用しているのである」。アメリカで工業化が始まり、人々の生活が一変する中で、ソローは痛烈に、人々がある一部の人の金儲けのためにその一生を奴隷として働き続けなければならない社会システムになっているという疑問を問い正します。「わが国の工場システムは人々が衣服を入手するのに最良の方法だと私には思えない。(中略)主たる目的は人間が実際に十分な衣服を身に着けられることではなく、明らかに会社が儲けるためだからである。長い目で見れば、人間は自分の狙ったものだけを当てればよいのだ。だから、ただちにうまくいかなくても、何かもっと高いところに目標を置いたほうがよいのだ」。

シアトル名物「レンタル・ヤギ」▲シアトル名物「レンタル・ヤギ」は、環境に優しいということで、雑草駆除にひと役買う
電気自転車
▲電気自転車はかなり重く、商品開発が必要だと感じた
ソーラー・オーブン
▲私が所有するソーラー・オーブン。夏の天気の良い日にクロワッサンを焼いてみたら、しっかり焼き上がった


文明はどこまで続くのか

さて、私達が住むアメリカのエネルギー政策はどうなっているのでしょうか。福島原発事故後、オバマ大統領やアメリカ政府は、引き続き原子力エネルギーを推進していくと位置付けています。そしてみなさんも生活の中でわかるように、アメリカは石油に頼った社会構造になっています。車がなければ生活できない街づくり、石油による物流システム、石油エネルギーに頼った農業システム。しかし、近年多くのジャーナリストやエネルギー専門家が石油産業に警告し始めています。それは、需要と供給のバランスが崩れ、いつかなくなるであろう石油のためです。

中国、アジア諸国、インドそして南米の経済成長によって石油消費率は更に上がっており、アメリカでいちばん石油エネルギーを必要とする軍事関係では、すでに対策がなされているようです。今はユーロの金融不安から世界の石油消費は少し抑えられていますが、いつまで今の原油価格が続くかわかりません。

近年、石油に代わる新しいエネルギーとして今も開発が進んでいるシェール天然ガスについても、まだその技術が未熟なため、研究所近くに大きな環境被害を及ぼしている状態のようです。

欲とエネルギー

今も昔も、人間は欲を満たすため、いろいろな理由をつけて自然を破壊してきました。森林伐採に始まり、19世紀の産業革命に使われた石炭、20世紀には石油により産業がより拡大し、そして近年、原子力という自分達で処理できないようなエネルギーを作ってしまいました。10万年経っても毒性が消えないという説があるものを、なぜ今も作り続ける必要があるのでしょうか。もう人間の欲を止めることはできないのでしょうか……。昭和30年代の高度経済成長期の中、ひとりの民族学者、梅棹忠夫はこう語ります。

「文明はすすみます。これは、ブレーキをかけてもなかなかとまりません。どんどんすすんでゆく。いままで文明というものは、人間が自然を征服してひとつの独自の世界を地球に構築しえたと思っていた。ところが、それはまったくのまちがいであったということです。じつは、われわれは文明をすすめることによって、自分の墓穴をほってしまっていたんだ。文明というものは、まさにそうゆう自分自身の存在の基礎をほりくずすことによって、成立しているような、まことに矛盾にみちたものなんだ」。『わたしの生きがい論ー人生に目的があるか』 (講談社文庫)

多くの人が、昔から人類の間違いに対して警告し続けているのに、なぜ耳を傾けないのか。その中でも自然災害大国の日本。多くの自然災害を経験しながら、昔から日本人は自然を神として崇め、自然と共存しながら生きてきました。それは安定した自然環境に住む西洋の人達と全く違った自然観・宗教観を持って文化を伝承しています。自然の恐ろしさは、世界のほかの人達よりもわかっているはずなのです。地震・津波で大きな被害を受けられた方、いまだにつらい生活を強いられている方にこのような言葉を発するのはいかがなものかと思いますが、福島原発事故は日本人が本気になって日本の未来を考える、またとない機会となったのではないでしょうか。

未来のエネルギーかそれとも違う道か

現在、自然再生エネルギーが注目されつつあります。太陽光によるソーラー・システム、風力、地熱などの自然を使ったエネルギー開発と、新しい分野のビジネス・チャンスとしても各企業がどんどん参入しています。自然再生エネルギーは、原子力エネルギーよりは自然に対してリスクが少ないと思いますが、やはりここでも人間は、エネルギーを今までのように使う方向へ突き進んでいくのです。欲を抑えてエネルギーを使わないでおこうという方向へは決して進まない。今や70億にも膨れ上がる世界の人口の中で、この70億の欲を自然が受け入れられるのは、あとどれくらいなのだろうと思ってしまいます。

Information

小出裕章(京大助教)非公式まとめ
福島原発事故以来、情報を発信している京都大学原子炉実験所の助教授、小出裕章氏の発言を詳しく紹介しているウェブサイト。
http://hiroakikoide.wordpress.com

エナジー・ブリテン
アメリカのエネルギー問題を問う非営利団体。エネルギーに関連した環境問題・経済・物流・農業・人口問題などを、各専門家の立場から情報を発信している。
Energy Bulletin
www.energybulletin.net

(2012年10月)

Akiko Kosugi Phillips
サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップ、エドモンズ市の公園課での仕事経験を経て、現在は、小杉剪定サービスとして庭の手入れを行うビジネス・オーナー。年に2回ほど小杉礼一郎氏の代わりに「ノースウエスト自然探訪」の執筆を務める。