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タムウォーター~水と人の旅塚~

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2013年03月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

箱庭のような美しく小さなこの谷に水も人もいっとき集まり、
また旅に出る北西部の悠久無辺な自然のふところへ

米本土の中では最大のレニア山の氷河▲米本土の中では最大のレニア山の氷河。今の温暖な(第4)間氷期には、氷河は3000m以上の高山、アラスカやグリーンランドなどの高緯度地帯、南極大陸にある 

巡る水

レニア山麓から北西に流れ出るデシュート川(Deshutes River)(※1)は、オリンピアの手前で3つの滝が続くミニ渓谷となり、湖(Captol Lake)を経てピュージェット湾に注いでいる。その1km足らずの短い渓谷がタムウォーター(Tumwater)だ。Tumble+Waterすなわち、「落ちる水」という意味である。
最後の氷河期に、北米大陸の南端は、ちょうどこのタムウォーターのあたりまで一面の氷河(コルディレラ氷床)に覆われていた。今のシアトルがある場所は、当時分厚い氷の下にあった。1万3千年ほど前から地球は温暖化し、氷河はしだいに後退。その末端から短い川が海へと流れる。それが、このタムウォーターである。
氷河の消えた跡に氷河湖やフィヨルドなど、実にさまざまな地形が残された。北へ何千キロ、連綿と延びる複雑な形の海岸は、コルディレラ氷床が残した氷河地形である。サンファン諸島、東南アラスカの美しい内海、インサイド・パセージ(Inside Passage)がそのハイライトだ。

タムウォーターの西にあるマイマ・マウンド
氷河が後退していったあとの地面に残る独特の地形「マウンド」。
これはタムウォーターの西にあるマイマ・マウンド

南北戦争

遅くとも2千年前には、先住民の沿岸サリッシュ族がこの谷の西岸に定住していた跡がある。彼らは陸の食用植物と、この谷の下端の海水と淡水の混じる湖で、鮭とアサリを捕って暮らしていた(※2)。
19世紀前半には、イギリスが先住民との交易所をタムウォーターの近くに置いていた。1845年、最初の白人移住者たちがこの谷に入る。人々を引きつけたのは、なんと言ってもタムウォーターの「使いやすい水力」である。製材工場、製粉所、発電所、ビール工場が相次いで滝の横に作られた(※3)。
20世紀に入ると、技術、産業、社会が日進月歩で変わり、この谷の人々も、谷の水力に依拠した生業から離れていく。20年代にワシントン州議会議事堂が、この谷の対岸の丘に建てられた。
そして、タムウォーターの景観を激変させたのは、渓谷の西の直上に通されたハイウェイI-5である。やがて、人々も街の機能もハイウェイ沿いに移り、タムウォーターはオリンピアのベッドタウンと化した。そして谷には200年前の静けさが戻ることになるのだ。

氷河が造ったフィヨルド
▲氷河が造ったフィヨルドは今、美しい多島海「インサイド・パセージ」となっている。ピュージェット湾からはるか東南アラスカまで続く幻想的な水の中のアメリカだ
タムウォーターのアッパーフォール
▲タムウォーターのアッパーフォール。手前のグリッドの下に魚道がある。対岸の建物は旧オリンピアビールの工場。現在は使われていない
タムウォーターのミドルフォール
▲タムウォーターのミドルフォール。 右手(左岸)に見えるのは魚道。この渓流の両岸が素晴しいプロムナード(トレイル)となっている
キャピタル湖(Capitol Lake)
▲ 谷を下り出た水はワシントン州州議会議事堂直下のキャピタル湖(Capitol Lake)に流れこみそのまますぐにピュージェット湾の最南端の入り江(Budd Inlet)に入る。北へ何千kmという水の回廊はここから始まる


自然と歴史が凝縮

正直、この地を「街」と言うべきか、「川」あるいは「谷」と呼ぶべきかわからない。「旅塚」はこの地を例え、讃える隊長の造語である。
 
タムウォーターの1km足らずの峡谷と3つの滝を巡り、谷の両岸はふたつの歩道橋で結ばれる素晴らしいプロムナードになっている。冬、春、夏もそれぞれに眺めが良いが、秋がいちばん素晴らしい。鮮やかな赤、オレンジ、黄色、黄金色の落葉樹の錦絵がこの谷に現れる。北西部では貴重な紅葉の景観だ。そのころ、この谷川で鮭が産卵に上がってくるのが見られる。そして、再び静けさが戻ることとなる。

あなたの旅塚に

知ってか知らずか、今日もたくさんの人々がタムウォーターを通っている。アメリカ西海岸の輸送と交通の大動脈ハイウェイI?5は、この谷のほとんど真上を走っている。ポートランドからシアトルへ向け北上していくと、正面に州議会議事堂のドームが、右にビール工場の建物が見えるあたりだ。レストエリア代わりのドライブの気分転換に、1度寄ってみることを隊長はすすめたい。EXIT103で降りてみよう。
降りてすぐの所に渓谷はある。プロムナードをひと巡りすれば、小1時間で「1万年の水の旅」と「200年の人の旅」の一端を垣間見ることができる。あなたにもまた、この谷がひとつの旅塚というレストエリアになるだろう。
そこで興味が湧けば、歴史についても自然についても、さらに深い解説が得られるし、さらに下流へは州議会議事堂直下のキャピトル・レイク湖畔からオリンピアの港まで、快適なトレイルが造られている。
ビール工場から港まで、所々に設置してある解説板を読みながら歩みを進めていくと、タムウォーターを巡る水と人と時の流れが実感を持って心に染み入ってくる。

※1 デシュート川は、セントラル・オレゴンを流れるコロンビア河の支流の方が知られている。Deshutesとは、滝の川というフランス語である。タムウォーターには2分の1マイルの峡谷の間に上、中、下の滝が続き、その様はDeshutesともTumwaterとも、さらにはCascadeとも呼ぶにふさわしい。ちなみにオレゴンの内陸平原を流れるデシュート川に大きな滝はなくコロンビア河との合流地点(今はダム湖の底)にあった。
※2 19世紀半ばには、合衆国政府によって大部分の人たちはSquakin IslandやNisqually Traibal居留区に移された。
※3 1883年最初の発電所が稼働。ここで作られた電力は、オリンピアの街の電力需要をまかなった。また、この谷の近くで上質の湧き水を得られたことから1892年にはビール醸造所ができ、1902年にオリンピア・ブリューイング会社設立。

サンファン諸島からマウントベイカーを望む
▲サンファン諸島からマウントベイカーを望む、この山にも氷河が残っている

Information

Tumwater Falls Park
2分の1マイル(800m)の渓谷の両岸に、快適なプロムナード(=トレイル)がしつらえてあり、上流と下流には、さまざまな設備の整った公園がある。3つの滝に加え、サーモン・ハッチェリー(孵化・養魚場)歴史建造物、湖がある。
Tumwater Falls Park
www.olytumfoundation.org

Mima Mound
氷河が後退した跡にできた独特の地形。
百年時計と一万年時計・オリンピアとその周辺
www.youmaga.com/odekake/northwest-nature/eco95/
マイマ・マウンドの花畑伝説
www.youmaga.com/odekake/northwest-nature/eco45/
■Inside Passage
ピュージェット湾から東南アラスカのパンハンドル部分にかけてのフィヨルドの多島海。岬、入り江、海峡、氷河が複雑に入り組んだ美しい秘境の景観となっていることから、世界3大クルーズ寄航海(カリブ海、地中海、インサイド・パセージ)のひとつ。
水の回廊インサイド・パセージ
www.youmaga.com/odekake/northwest-nature/eco42/

(2013年3月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。