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「Fukushima Kids Tour」隊長の夢の旅

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2013年04月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

201X年夏、隊長は福島の中高生たちと北西部をキャラバンしている。五感を使い、
バーチャルをリアリティーに変えていく体験。いつかきっと実現したい隊長の夢の旅だ

セントラルワシントンに設置されている風力発電のタービンと、太陽光発電のソーラーパネル
▲セントラルワシントンに設置されている風力発電のタービンと、太陽光発電のソーラーパネル。149基のタービンで7万世帯分の電力を発電している

現地・現物教育

東北の大震災から2年。今、あの大災害のこと、その後のことを思いながら、隊長はこれを書いている。
 
12年前の話から書き起こそう。当時、牛肉のBSE問題がアメリカでも日本でも大きなニュースになっていた。その最中、とある県の高校生海外派遣団一行がオレゴンを訪れ、隊長がエコツアーのガイドをした。生徒たちは牛肉をとても食べたそうにしているのに、昼のハンバーガー店でも夜のビュッフェでも口にするのは鶏か魚だけ。「なぜです?」と団長先生に聞くと、「保護者説明会で親御さんから『向こうで牛肉は食べるのか』と質問が出た。『それは特に調べていない』と答えると『何かあったらどうする?』と畳みかけられ、結局、生徒に牛肉は食べさせないという方針にした」。
 
隊長は「えー。幼児じゃあるまいし、高校生ですよ。いい教材じゃないですか、BSEは何がどう問題なのか、自分たちで調べて、食べる食べないは自分で決めればいい。でも危ないと親が言うなら家で話して決めてくればいいのに」と言った。そうやって子供たちが自分で調べ考える、絶好の機会を潰しているんですよ、という言葉は飲み込んだが、「でも現地の家庭でホームステイする間はどうするんです?必ず牛肉はありますよ」という問いの答えに、言葉を失った。「ステイ中はホストファミリーに悪いので(出された牛肉は)食べてもいいことになっている」。
 
この旅で生徒達は、要するに大人は自分が大事で、私達の心配など二の次なのだと、日本の大人の御都合主義をつぶさに学んだと思う。

何でも見よう、考えよう

あの震災後、国、自治体、NPOほか、たくさんのサポートの手が引き続き差し伸べられている。私事だが、ささやかな寄付もした。家族(妻と娘)も、がれきを片付けるボランティアに仙台へ行った。だが、まだ何万という人が、3・11の災禍から立ち直っていない。この先何年、自分はどんなサポートができるだろう?現実にできることで何が最もいいのだろうと、折りに触れ考えてきた。
 
福島の子供たちと北西部の自然・環境を知る旅をする「Fukushima Kids Tour」はその一つの解だ。
 
津波、原発事故とつらく理不尽な体験は、「不運」「不幸」と言ってしまえばそれまでだが、一面それは天が子供たちに与えたSeed(種)と考えることもできる。
 
あの日以来、たくさんの子供たちがそれぞれの「なんで?」「どうして?」というSeedを胸の底に抱えたはずだ。バーチャルでないリアルなSeedには、野生の強さがある。十代の多感な時期に水と養分を存分に得られれば、それは根を張り、芽を出しぐんぐん伸びるだろう。実体験という芯を持つ強い樹に育つだろう。教科書や授業や試験の勉強は大切だが、所詮バーチャルだ。実世界を見ること、日本を外から見ること、そして考えることには大きな意味がある。実際の自然、目の前の物事、現地の人が話す言葉は、とても貴重な養分となるに違いない。将来一人ひとりがどんな樹に育つか、どんな実を付けるかは、多分本人もわからない。何をどう吸収するかはその子のSeedによる。
 
隊長は、インタープリテーションをするが、意見はしない、何もプッシュしない。見て自分で考える生の材料を提供するだけだ。

北西部は優れたテキスト

大平原、氷河、火山、原生林、大河…、北西部は北米大陸の多様な自然のショーケースだ。黒潮がぶつかり、西の海に陽が沈む太平洋岸に立てば、一つきりの巨大な環境容器である地球を思わずにいられない。放射能、環境汚染、気候の変化、漁業や食料資源、当面する環境を考える時、地球の大きさを知っている感覚は役に立つ。
 
「Fukushima Kids Tour」は、グランクーリー・ダムからコロンビア河を下って行く。巨大水力発電所、ハンフォード核処理施設、風力発電、原発跡地、日本との密接な物流の現場と、順に見て太平洋に出る。地震や火山の自然災害のこと、あの津波と同じような脅威があることも知るだろう。
 
アメリカの車事情やシェールガスのこと、地熱発電やリサイクル事情なども見て廻りたい。自然だけではない、銃やバンダリズム、貧富の差などの米国の実態やアメリカ社会を、陰も曇りない目で見てもらいたいと思う。それが日本を外から計る尺度になる。
 
今後私たちが直面する問題は、正解があるわけでなく答えが一つだけのはずもない。大事なことは、時代の困難から子供たちを遠ざけ、見せないことではない。何が本当に最善か?どうするか?と親世代が真剣に考え、懸命に取り組んでいる姿を見せること。その背中越しにその問題をも含む地球と世界の姿を偽らず、愛情を込めて子供たちに見せることだと隊長は思っている。

オレゴンの浜辺に打ち寄せられた浮ドック
▲3・11青森から津波にさらわれ15カ月後にオレゴンの浜辺に打ち寄せられた浮ドック
(小杉時子撮影)
Dry Falls(ワシントン州)
▲Dry Falls(ワシントン州)付近の地勢。日本では見られない大陸の数十億年の自然の歴史
アバディーンの“Tsunami”の解説サイン
▲アバディーンの“Tsunami”の解説サイン。東北を襲った津波と全く同じメカニズム、そしてバンダリズムも現代米国の現実
ウェアハウザー社の本社
▲世界的な木材企業、ウェアハウザー社の本社。そのたたずまいは同社の森林、環境への姿勢を訪れる人に瞬時に伝える


グランドクーリーダム
▲コロンビア河中流に1941年に造られた
アメリカ最大の水力発電所、グランドクーリーダム
Satsop(WA州)の原発
▲80年代に着工されたが、反対運動により未完のまま廃絶されたSatsop(WA州)の原発。すぐ隣にもう1基、同型の炉が建っている

Information

北西部の「核」施設の状況について
90年代に廃炉解体されたオレゴンのKalama原発について
(日本語サイト)
http://yurika-net.sakura.ne.jp/blog/index.php?no=r136

■80年代に中止されたワシントン州の
Satsop原発プロジェクト

www.roadsideamerica.com/tip/16488
■第二次大戦中原爆の研究開発、製造の
拠点となったハンフォード核施設

http://en.wikipedia.org/wiki/Hanford_Site

■オレゴンの浜辺を清掃するNPO団体、SOLV
www.solv.org
■オレゴン州立大学海洋科学センター
(OSU Hatfield Marine Science Center)

http://hmsc.oregonstate.edu

(2013年4月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。