真っ黒に日焼けした肌を見せびらかすように真っ白な開襟シャツを着て、微笑む姿は松崎しげる。仕事の合間にきれいなオネエチャンを連れて、イタリアンだのフレンチだのを高級ワインで流し込み、夜の闇に消えていく元祖チョイ悪親父、それがわたしのボスだった。職場はバブルの波に乗った広告会社。ロケだ撮影だ編集だと24時間働き、飲み、遊び、職場の仲間はいつも一緒で仲良し家族のようだった。
ボスは、もてた。携帯電話などない時代、色恋ざたも社内電話で堂々と繰り広げられていた。わたしとひとつ年上の先輩は、耳をダンボにしてボスの電話のやりとりを盗み聞きし、知っちゃいけないことをたくさん知っていた。
「わたしたちが奥さんにばらしたら家庭崩壊だよね」
「お葬式なんか女がぞろぞろやって来るのかね」
「すごい修羅場になりそうだよね」
そんな会話をしていた20数年前。その先輩から連絡が入った。ボスが亡くなったと。
わたしは、お葬式には行けなかった。式は予想が外れ、修羅場になることなく、昔のチームメンバーも集まって、みんなでにぎやかにボスの天国への旅立ちを見届けたと、先輩が教えてくれた。わたしは夏に東京へ戻った際に、ボスのご自宅へ線香をあげに伺った。何をするのもいつも一緒だった先輩と一緒に。
ボスはフレームの中でワイングラスを抱えて笑っていた。年を取ってもかっこいいおじさんで、会社を退職後はソムリエの学校に通い、ワイン・バーを経営していた。料理も上手でパスタやポトフなんかもおいしい店だった。わたしはそこに出没する度に泥酔するまで飲み、胃が破裂する寸前まで食べ、ボスに
「いじり! とっとと帰りやがれ!」
と言われるのを常にしていた。なので今日は飲もうと思った。よく冷えたシャンパンをどーんとテーブルに置き
「今日は飲みましょう! “とっとと帰りやがれ!”とボスに言われるまで」
とポーンとボトルを開けた。先輩とわたしと、今までほとんど口をきいたことがないボスの奥さんとの女子3人飲み。
奥さんは、「闘病生活はハネムーンみたいだったのよ。いつも一緒にいられて良かった」と言った。そしてちょっと泣いた。ボスのことを本当に愛していたんだなあと、わたしも先輩ももらい泣きをした。そしてボスの過去の話になった。
「ひえ〜」
わたしと先輩はのけぞった。知っちゃいけないことをたくさん知ってしまっていたわたしたちの秘密の過去を、奥さんは自らひも解き出したのだ。奥さんは、知っていたのだ! 何もかも!
「ここで土下座させたことだってあんのよ〜」
「はあ……」
「病院にまで見舞いに来た女がいてね〜」
「ほお……」
小さく華奢な奥さんは、あっという間にほろ酔い気分で饒舌になってくる。
「その女は営業部の……いや、あの、その……もう1杯!」
余計なことを言いそうになるのを、ガボガボ飲んでごまかすわたしたち。
「まったく先に死ぬなんて許せない!」
「そうだ、そうだ、許せねえぞ〜!」
何本もワインを開け、調子づく女子3人。気が付けば、もう深夜。
「おら、おまえら、とっとと帰りやがれ!」
天国のボスの声が聞こえた気がした。
ボス、良いお弔いになりましたでしょうか? 「また遊びに来て!」って奥さんに言われちゃいましたが、また伺ってしゃべくりまくっていいのでしょうか? そっちでもあまり羽目を外さぬように。奥さんには、なんでもバレちゃいますからね!
ボス!仕事も遊びも教えてくれてありがとう!
R.I.P!
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