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  文・秋野未知
キャリア・チェンジを目指し、アメリカに語学留学して日本へ帰国するはずが、あれよあれよと言う間に在米歴11年になってしまったフリーライター・秋野未知、37歳独身。仕事をこよなく愛しながらも、「やっぱり結婚もしたい」を合言葉に、出会いを求めて日々精進する彼女の痛快エッセイ!

第42話 「パブリックで話す私生活」



昨日の午後、近所にある銀行へ出掛けた。アパート暮らしの私には自宅に洗濯機がないため、いつもアパートの地下室にあるランドリー・ルームを利用しているのだが、そこにある洗濯機や乾燥機はクオーター(25¢硬貨)を入れないと動かない。しかも1回の洗濯につき25¢硬貨が9枚、2台分を1度に回すなら$4.50分ものクォーターが必要なので、いつも$20ほどまとめて銀行で両替してもらうのだ。

アメリカではベランダがあっても、日本のようにシーツやタオルを両手でパンパン叩きながら外に干すことができないので、クオーターがさらに多く必要になる。まだシアトルに引っ越して来たばかりのころ、「これくらいは平気だろう」と思ってアパートの窓からこっそりバス・マットを干したら、やっぱり大家さんに注意されてしまった。晴れた日に外に洗濯物を干せないなんて環境保護に反した慣習のような気がするが、人の国の慣習にあれこれ言うと叩かれるので、私はおとなしく銀行で両替し続けている。

でも銀行という大勢の人が集まる場所で、「すみません。クオーターに両替してください」とお願いするたびに、「洗濯機もないアパートに住んでいる」という事実を周囲に並んでいる人々にわざわざ知らせているような気がしてしまう。だから、私は銀行に行く度に心の中で「次に引っ越す時は家賃が高くても洗濯機のある家に住んでやる!」と誓いを立てるのだが、そんな小さなことで“いちいち誓いを立てている”こと自体がむなしくなり、クオーターの筒を手に握り締めて、頭を振りながら帰路に就くのである。ああ、イヤだ。とにかく一刻も早く洗濯機のある家に引っ越したい。

そういうわけで、昨日も両替をしてもらうために銀行の窓口の列に並んでいた。私の隣の列には、私と同年代くらいに見える知的な雰囲気の白人女性が並んでいたので、私はその人の横顔をぼんやりと見ていた。とてもきれいな顔をした女性だったが、何だか疲れているのか、少し神経質な感じに見えたからだ。「美人の白人女性がきつい表情を浮かべていると怖いなあ……」と勝手なことを考えていたら、突然その女性の顔がバラの開花のように一瞬にして輝きを増したので、私もつられて彼女が見ている方向を振り向いた。すると彼女は私の前方に位置する窓口で、銀行員とやり取りをしていた白人男性客に向かって「デイビッド!」と声を掛け、「あら、久しぶり! どうしてるのー?」と、よく通る声で明るくあいさつをしたのだ。

声を掛けられた男性のほうも「あれーっ?! ものすごく久しぶりだねえ! いやー、どうしているんだい?」と驚きながらもさわやかな笑顔で返し、彼女との久しぶりの再会をとても喜んでいるように見えた。ふたりのうれしそうな再会の様子は、元同僚や近所の人との再会ではなく、親しかった友人との偶然の再会という感じで、周囲にいる私達も思わずほほ笑んでしまうような温かな雰囲気だった。この女性は男性の妻(もしくは彼女)とも知り合いのようで、「彼女は元気? あなた達ふたりはいつも忙しいから……」などと話していた。でも、閑静な住宅地にある地方銀行という場所柄、ロビーは驚くほど静かだったので、このふたりの会話はあえて耳を澄まさなくても、一字一句が銀行のロビーにいる全員にはっきりと聞き取れてしまう状況だった。

きっと再会がとてもうれしかったのだろう。このふたりは周囲の静まり返った状況にはお構いなしに、ロビーの隅々まで通る声で会話を続けたのである。
「ありがとう、彼女も元気だよ。きみも元気そうじゃないか。今もこの辺りに住んでいるのかい?」
「いいえ、実は私、先月ウエスト・シアトルに引っ越したのよ」
「へー、知らなかったよ。ウエスト・シアトルなんて良い場所じゃないか。大体どの辺りなの?」
「アラスカ交差点からカリフォルニア通りを右に曲がって××ブロック行って、左に曲がった×軒目にあるレンガ造りの家よ。偶然にも私が以前勤めていた××高校のすぐ近くなの」

大勢の人の前で、非常に具体的に自分の家の場所と職業を話すこの白人女性の様子に、他人事なのに私のほうが焦り始めてしまった。もしかしたら、この銀行のロビーの中には個人情報詐欺などを生業にしている人もいるかもしれないではないか。先日も、バスの中で携帯電話を掛けていた女性が電話の相手に向かって自分のソーシャル・セキュリティー番号を大声で伝えているのを目撃したが、それに匹敵するくらい危険度が高い行為に思えたのは私だけだろうか。

でも男性は、彼女がパブリックな場所で個人情報を公開していることなどお構いなしに会話を続け、「すごく良い立地じゃないか。スティーブと一緒に引っ越したんだろう? 彼も元気かい?」と、懐かしそうに尋ねた。その質問によって彼女のパートナーの名前が“スティーブ”で、男性はスティーブとも友人であることがわかった。銀行中の人達にもだんだんとふたりのシナリオが見えてきて、中には会話の流れにうなずく人までいた(笑)。しかし、男性からスティーブの様子を聞かれた女性は、ほとんど間髪を入れずに、「ノー。スティーブではなく、私は今、別の男性と住んでいるのよ」と明るく答えたのだ。それは銀行のロビーの隅々まで響き渡り、列に並んでいた人々の間に「Oops!!」(オットーッ!こりゃ、困った質問だ)と、一斉に息をのんだような緊張感が走った。

公衆の面前で、いきなり「実は全然違う男と住んでいる」と報告された男性の対応は、なかなか興味深かった。彼は明らかに動揺した様子だったが、完璧にそれを否定するかのように満面に笑みを浮かべて、「わぉ! そうかぁ。で、その人とは長く付き合っているの?」と、さらに突っ込んだ質問を投げた。まあ、彼の立場ではこう続けるしかなかったかもしれないが、どう見ても30歳代後半に見える大の大人ふたりが銀行のロビーで話す話題としては、あまりにもプライベートな内容ではないだろうか? “順番を待って並んでいる”という場所を移動したくても動けない状況下で黙って話を聞かされている人々は、きっと誰もが“ちょっと困った感じ”だったに違いない。私なんて「私のほうが恥ずかしいから、もう止めてー! それ以上はこういう場所で話しちゃだめよー!」と、その女性を止めてあげたいくらいだった。でも、そんなことをしたら“他人から注意される”という行為に慣れていないアメリカ人は、人から指摘された恥ずかしさに耐えられず、「公共の場で屈辱を受けた」などと言って私のことを訴えるかもしれないので、おとなしく黙っていることにした次第である。

しかし、このふたりは列が少しずつ動いても気にせず話を続けたので、ふたりの声は相変わらず大きなまま、話の内容は佳境に入っていった。新しい男性と付き合っている期間の長さを聞かれた女性は迷う様子も見せず、「ええ、結構長いわよ。今年の5月に出会ったから」と答えたのだ。それを聞いた私は、「ちょっと、あんた! 5月って言ったら、たった4ヵ月前じゃないの。それなのに、もう一緒に暮らしてんの?」と思ったが、ほかの誰も発言しなかったので、私も仕方なく下を向いて話の続きを聞くことにした。すると男性が「へえー、そうなんだ。どこで出会ったの?」と、またしても突っ込んだ質問をしたので、私も興味津々で顔を上げると、私の横の人も前の人もみんな一斉に顔を上げた。そして、その美しい彼女は、まるで「イチゴは赤い」とか「寿司には新鮮な魚」とか、当たり前のことを発言するように、背筋をピンと伸ばして堂々と、「彼とはマイ・スペースで出会ったのよ」と言ったのである。

これを聞いて銀行中の人が驚いた、と思う。でも、「えっー、嘘だろー? マイ・スペースで4ヵ月前に知り合った男とすでに一緒に暮らしてるわけー?」と、心配したのは私だけだったようで、会話の相手の男性は「へえー、そうなんだ。ユニークじゃないか。良かったね」と普通に相づちを打っていた。“マイ・スペース”とは日本でいうとミクシィのようなもので、友人やフリーランスのビジネスなどのコネクションを広げるための無料ウェブサイトだ。だからシングルの出会い系サイトではないのだが、そのサイトのカジュアル性を利用して知らない人に「友達になりたい」と一方的にメールを送ったり、男性からのメールが欲しくてセクシーな写真を掲載する女性やセックス・フレンド募集用に利用している人が多いという話は聞いたことがある。でも、銀行にいたこの女性のようにクラッシーな装いの美人高校教師から「マイ・スペースで出会った彼と3ヵ月後に同棲している」と聞かされ、少なくとも私は驚かされた。

この女性はこの後、「マイ・スペースで出会った彼がどれほど素敵なのか」という話を延々と続けたので、さすがに話を聞いていた男性もどうしていいのかわからない様子を見せ始めた。私も彼女の自慢が少々“too much”だったので、クオーターをゲットすると共に自分のアパートへ向かった。だから最終的にふたりの会話がどれほど温かい雰囲気で終わったのかはわからない。ただ、この日の午後、確実にわかったことは、「マイ・スペースで男を見つけた人が本当にいる」という事実と、「パブリックでは自分の名前、住所、男遍歴をなるべく話さないほうがいいだろう」ということである。みんなも気を付けようね。

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