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  文・秋野未知
キャリア・チェンジを目指し、アメリカに語学留学して日本へ帰国するはずが、あれよあれよと言う間に在米歴11年になってしまったフリーライター・秋野未知、37歳独身。仕事をこよなく愛しながらも、「やっぱり結婚もしたい」を合言葉に、出会いを求めて日々精進する彼女の痛快エッセイ!

第29話 「愛をとるか、金をとるか?」



私達の年齢(30歳代)の独身女になると、20代のころから毎日仕事を続けているので、ブランドもので全身を固められるほど裕福ではなくても、翌月の家賃を払えないほど貧乏でもないという人が多いと思う。もちろん一軒家の購入とか、ゴージャスな海外旅行とか、素敵な伴侶など、簡単には手に入らないものは山のようにあるが、“自分ひとり”の生活費に関しては他人に迷惑を掛けずに自分の経済力でテイクケアできている人がほとんどではないだろうか。

そんな30代の独身女友達と集っておしゃべりをする際、このところよく話題に上るのが「今月のダメ男くん」の話である。仕事を中心とした近況報告が終わり、だんだん場が盛り上がってくると、たいてい誰かが「そういえば先日、結構いいかなって思った出会いがあったんだけど……」と切り出す。「あったんだけど……」と聞いた時点で過去形だとわかるので、「でも、またダメ男くんだったの?」とすかさず誰かが切り返すのがお決まりになっているほどだ。

ダメ男くんの定義は非常に多岐に及ぶので「○○ならダメ男くん」とは言い切り難い。たとえば今まで私を含めた周囲の女友達が出会ったダメ男くん達には、ものすごくスイートな人だと思ったのに実は長年連れ添っている妻がいたとか、優しくて誠実な人だと思ったのに“母違い”の子供が5人もいたとか、会社には通わずフリーランスで仕事をしていると思ったらシュガー・ママがいたとか、トレンディーで夜遊び好きな人だと思ったらアルコール中毒だったとか、超明るくパワフルな弁護士だと思ったら万年コカイン中毒だったなど、驚くほどいろんな人がいた。結婚を前提にお付き合いしたいと思っている女性にとっては、不倫の事実を隠されていたとか(アメリカ人にも多いんだな、これが)、何かの中毒(これは意外にもエリートに多い)というケースは基本的に最初からお話にならないので「それは早く別れておいて良かった」ということになる。でもたとえば、好きになった相手に現在養育義務のある子供が大勢いる場合や、今日現在安定した収入がない男性の場合は、一概に「即、ダメ男くん」とは決定し難い。子供の有無に関しては、現在の彼女と出会う前に起きたことだし、現時点で安定した収入がなくても来月には状況が変わるかも知れないからだ。だから、こういうケースに関しては当事者を含めた周囲が「この相手はダメ男くんか否か?」ということ、つまり「関係をコミットメントまで進めても大丈夫な相手なのか?」ということに関して熱い意見を戦わせることになる。

最近、周囲が熱くなったのはN子のケースである。N子はシアトルのダウンタウンにある某社にてフルタイムで働きながら、仕事の後に週3回ほどアメリカ人にダンスを教えている非常にアクティブな37歳だ。「どうしようもないほど好き」という気持ちになれる相手を求めて自分の感情に妥協せず、自然に“時”がくるのを待ち続けたN子に数年ぶりにようやく彼ができて(ワンダフル!)、半年ほど前からその彼と一緒に暮らし始めた。男と暮らし始めた当初というのは誰でもそうだと思うが、何だかんだと毎日忙しくて“完璧にフリー”だった時とまったく同じようには行動できなくなる。だから、N子が久しぶりに飲み会に参加したので、みんなとても盛り上がった。

N子のアメリカ人の彼、レイはアーティスト(画家)で、N子とは毎月シアトルで開催されている「ギャラリー・ウォーク」で偶然知り合い、ほぼ電撃的に恋に落ちた。当時N子はレイのことを、とても素敵な絵を描くセンシティブで優しい人で、自分の作品を描く以外に絵画教室のようなところで教えていると誇らし気に話していた。その事実は半年以上一緒に暮らしていた今でも変わっておらず、レイは相変わらず毎日N子に対してとてもスイートらしい。でも、その日のN子は「どうしようもなく女友達と話したい!」と、ちょっと悩んでいる様子だった。

N子は、「毎日、心から愛する人と生活できて幸せだが、信じられないほど彼が貧乏なので、結婚を前提に付き合っても大丈夫だろうか」と悩んでいた。レイは個展を開催して自分の作品が売れない限り教室からの収入に頼るしかないのだが、教室の収入は画材代くらいしかまかなえないことが一緒に生活して初めてわかった。一緒に住み始めてからというもの、家賃も光熱費も食費も電話代もガソリン代も駐車場代も洋服代も全部N子が支払っており、甘いふたりの生活と引き換えに出て行くお金が今までの2倍以上になったという現実と、元来描いていた理想とのギャップでフラストレーションがたまっているらしいのだ。

N子は、「40歳目前という年齢で貯金が一銭もなく収入も学生バイト並みの彼が、今までどうやって生活してきたのかわからない……」と言って苦笑いをしていたが、きっと過去に作品が売れ続けた時期があったか、以前はいいスポンサーがついていたのだろう。アーティストには収入のアップ&ダウンがつきものだ。売れる時もあれば、売れない時もある。だからN子も「もう少し待てばまた売れるかも知れない。でも、いつまで待てばいいのか。自分ひとりだったら何とかなるという今の収入で、貯金を食いつぶしながらいつまで彼を支えていけるのだろうか……」と悩んでいるのである。

これを聞いた周囲は一瞬にして熱くなった。女友達たちは各々瞬間的に「残念! それはダメ男くんの典型かもしれない」「自分の生活で精一杯なのに、どうやってもうひとり養うのよ?」「かなり厳しいね。だってこの年齢で貯金なし、収入なし、保険なしだと、今から事態が急に好転するとは思えないよ」「さらなるお金を使う前に早く別れた方がいいかもよ」などと、好き勝手にバンバン発言した。しかし、N子のさらなる話を聞いて、そんな短絡的にN子に対してアドバイスなどできないことに全員が気付いたのだ。

N子は今まで弁護士やITデベロッパーや医者など“俗にいうエリート”と言われる男性と数々付き合いながら、結局すべて自分から別れている。そのN子が、「レイは確かにお金はないけど、今まで付き合った誰よりも優しくて思いやりがあって、私のことを毎日ものすごく愛してくれるのよね。たとえば、絵画教室でお金が入った日は必ず花束やラブリーなカードをくれるし、家事はいつも全部一緒にやってくれたり、毎晩長い時間を掛けて私の肩をもんでくれたりするわけ。つまりね、経済的な問題さえなければ私の方から今すぐプロポーズしたいくらい彼のことが好きなのよ……」と言うのだ。

確かに“多くの男性”は女性と付き合い始めた当初はそういうことをしても、一緒に暮らし始めてしばらく経つと徐々にそういう回数が減っていき、しまいには記念日とか誕生日とか以外は特別なことをしてくれなくなる。でもレイは常にそういう配慮してくれる上に、「N子が世界中で一番きれいだよ」と毎日15回くらい言ってくれるらしい。「花やカードをくれるなら貸している金を先に返してよ、と思うんだけど(笑)。やっぱりうれしいじゃない? こんなにスイートなことをし続けてくれる人と付き合ったことがないからかも知れないけど、正直言ってメチャメチャ幸せなのよ……。だから悩んでいるんだけどさ」と何だかとても幸せそうに話すN子を見た周囲は、一斉にため息をつきながらこう言った。「Gosh, I wish I had a guy like him!(もしそんな男がいるならば、私もそういう男と付き合いたい!)」。

つまり、N子のケースは「レイはダメ男くんなのか」という問題ではなく、「愛をとるべきか、経済的な安定を求めるべきなのか?」という問題なのだ。その場にいた独身女達が揃って、N子に「きちんと考えた方がいい」的な意見はしつつも「やっぱり情熱的な恋愛ってとっても素敵」と思ったのは、この歳になるまでこれだけ相手を選んできたのだから、「できることなら情熱的な恋愛をして、その相手と結婚したい」と、みんなが心のどこかでそう望んでいるからだと思う。

「愛をとるか、金をとるか?」という問題は、そういう条件下にある彼との結婚を考える独身女性にとっては究極に難しい選択であろう。なぜなら、きっと誰もが「できることなら両方欲しい!」と思っているはずだからだ(笑)。

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