日本の美術館巡り
最終回
自然と一体化した光溢れる美術館
ポーラ美術館
文/榊原淳子 写真提供/ポーラ美術館
ポーラ美術館
▲自然光を取り込んだ開放的な美術館
ポーラ美術館
▲豊かな自然に囲まれた美術館のエントランス)
ーラ美術館は、今年開館10周年を迎える。設立としては新しい美術館だが、ルノワール15点、モネ19点、ゴッホ3点、セザンヌ9点、ピカソ19点など、印象派絵画の収蔵数ではほかに類を見ない。さらに収蔵絵画は、美術書や教科書で誰もが見たことのある著名な逸品ぞろいだ。印象派作品に加え、日本画家・杉山 寧、陶芸家・富本憲吉の作品や、古代中国の貴重な陶磁などのコレクションは、どのように収集されたのか。

ポーラ創業家2代目、鈴木常司は、アメリカ留学後間もなく、父の急逝の知らせを受けて急遽帰国。1954年、23歳の若さで社長に就任。静岡県で創業したポーラ化粧品は、鈴木の経営手腕により、後に創業時の200倍を売り上げるまでに成長した。事業経営の合間の楽しみとして、鈴木は考古学や絵画に興味を持ち、美術史を独学で学び始める。そして初めて購入したのが、藤田嗣治の油彩「誕生日」だった。もともと写真を趣味にしていた鈴木は、フォルムや色彩感覚に鋭く、次第に鑑識眼を磨いていき、その後の美術品収集は人任せにせず、自ら1点ずつ選んでいった。

収集活動が20年を過ぎたころ、自分の嗜好に沿って集めるだけでなく、多くの人々に喜んでもらえる作品を集めて美術館を作りたいという意識が芽生える。そこから作品収集に変化が起きた。日本でも世界の名品を鑑賞できる場を作りたいという意志もあった。
1996年、ポーラ美術振興財団に鈴木コレクションが寄贈され、美術館設立の準備が整った。社員の保養所を建設するために確保していた箱根仙石原の土地に、美術館を建設するという案が浮上。ところが敷地は国立公園の中にあり、自由に建物を建てることは難しかった。そこで、建物のほとんどを地下に埋没させ、地上部分は高さ8mに抑え、木々の間に隠れるような設計が生み出された。残念なことに、鈴木はその美術館を見ることなく、2000年に70歳で亡くなった。鈴木は寡黙で、自分のコレクションを多言しなかったが、自らの美意識で集めた美術品により、鑑賞する人に多くを語りかけているようだ。

ヒメシャラの森の中に渡された長い橋を渡ると、光溢れるガラス張りのエントランス・ホールへと導かれる。「箱根の自然と美術の共生」という美術館のコンセプトそのままの世界。美術鑑賞と共に、美術館の周辺に設置された遊歩道を歩く楽しみも格別だ。




 利用案内 
郵便番号250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285  電話番号0460-84-2111 
開館時間:9:00 a.m.〜5:00 p.m.(入館は4:30 p.m.まで)
休み:なし www.polamuseum.or.jp
 

パブロ・ピカソ「母子像」 ポーラ美術館▲パブロ・ピカソ「母子像」(1921年)油彩・キャンバス
©2012-Succession Pablo Picasso-SPDA(JAPAN)
原美術館 奈良美智「My Drawing Room▲エドゥアール・マネ「ベンチにて」(1879年)
パステル・キャンバス



【特別展案内】
■ 印象派の行方 モネ、ルノワールと次世代の画家たち

開催中〜7月8日(日)

「人類の衣服の歴史は人類の歴史そのものと同じほど古い」(杉本博司)人類の始まりから20世紀まで、人間と衣服の関係を杉本博司がカメラの眼を通して探る。

■ コレクター鈴木常司「美へのまなざし」

第T期 ピカソとポーラ美術館の絵画 7月14日(土)〜10月2日(火)
第U期 モネとポーラ美術館の絵画 10月5日(金)〜2013年2月26日(火)
第V期 杉山 寧とポーラ美術館の絵画 2013年3月1日(金)〜7月7日(日)



*情報は2012年7月時点のものです。
 
Junko Sakakibara

英文雑誌や書籍の編集者として東京で出版社に勤務。1988〜1995年に家族と共にシアトルに在住。帰国後、日本航空英文機内誌『Skyward』の編集長を16年務めた後、現在、美術館のミュージアム・グッズの企画を手掛ける会社を経営。