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ニューベリー火山

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2012年08月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

レニア山、フッド山、セント・へレンズ火山など、カスケードの主役級火山の陰に、あまり知られていない脇役級(?)の火山がある火山の面白さで見たら、主役を喰っているかもしれない

ニューベリー火山の山頂からカルデラ湖のひとつ、ポウリナ・レイク
▲ニューベリー火山の山頂からカルデラ湖のひとつ、ポウリナ・レイクを見る

ニューベリー火山

ニューベリー火山はセントラル・オレゴン、ベンド市のすぐ南にある盾状の火山だ。正式な呼称はNewberry National Volcanic Monumentで、日本語では「ニューベリー国定火山」か? 自然に即して見るなら「ニューベリー火山群」と呼ぶほうが、より正しいだろう。その一帯に中小400もの火山があり、いくつかはベンドの街中にもある。そのうちの5万エーカーの噴火口、山、湖、溶岩原を1990年よりVolcanic Monument(国定火山)としてForest Service(デシュート国有林)が管理している。(※1)ニューベリー火山の山頂ポウリナ・ピーク(Paulina Peak)は2,434メートル。山頂自体は残存するクレーター壁の一部で、麓からはトレイルが延びている。そしてなんと山頂まで車道が整備。何はさておき、山頂に登ってみよう。そこからの眺めを見るだけでもここに来る価値は十二分にある。

うねる溶岩台地と南北500キロの眺望

眼下には大きなふたつのカルデラ湖、ポウリナ・レイクとイースト・レイク。ふたつの湖を隔てるように黒々とうねる台地が見える。世界最大級の黒曜石(※2)の溶岩原だ。おそらくこれを見るほとんどの人が、初めて見る異様な原始景観に違いない。溢れ出したマグマが波打ったまま固まったそのさまに、誰もがくぎ付けになってしまうだろう。

ひと息つき視線を遠くに転ずる。西には屏風を立て巡らしたようにカスケードの山々が並んでいる。フッド山、ジェファーソン山、シスターズ山、バチェラー山、マクローフィン山……さらに視界の効く日にはワシントン州南部のアダムス山から、北カリフォルニアのシャスタ山まで見わたせる。すごい、オレゴンの南北500キロが一望だ。これだけ多くの火山を1列にずらっと並べて眺められる場所は世界中でもカムチャッカとここだけではなかろうか? それには、このニューベリー火山がカスケードの主脈から1歩東に踏み出して立っていることのメリットが大きい。まず、その立ち位置そのものが絶好のビュー・ポイントであること。そして山脈の東側であることから晴れの日が多い、つまり眺望の効く日に恵まれている。また、雨量が少ないということは、同じ山脈の西側の火山に比べて侵食が進んでいないし、植生の覆われ方が少ない。つまり、より原始景観に近い地のままの地球が見られるわけだ。

流紋岩マグマ
▲流紋岩マグマが地表に流れ出し固まる。ガラスの発泡層、縞状の黒曜石、緻密な黒曜石、石質の層が織り交ざっている火山の造形
黒曜石 ニューベリー火山▲黒曜石の溶岩台地の中に全長1.2キロのセルフ・ガイデッド・トレイルが設えられている
ニューベリー火山の山頂(ポウリナ・ピーク)
▲ニューベリー火山の山頂(ポウリナ・ピーク)から眼下の溶岩原を眺める


シリーズとして火山を学ぶ

セント・へレンズ火山なら爆裂火口、クレーター・レイクなら巨大カルデラ、阿蘇なら……と、それぞれの火山をその特徴で見るだけでなく、「火山=生きている地球そのものの表れという見方もあるぞ」と隊長に教えてくれたのが、このニューベリー火山だ。ここには、クレーター、カルデラ、黒曜石の溶岩原(Big Obsidian Flow)、溶岩で固められた林(Lava Cast Forest)、ラバ・チューブ(Lava Tube)(※3)、ミニ火山(Lava Butte)、さらに近隣のフォート・ロック、ベンドの街中にあるミニ火山、パイロット・ビュートなどなどが、まるで箱庭のように集まっている。これらは火山の何たるかを知る格好のモデル・ケース・テキストだ。

さらに半日圏内にクレーター・レイク(=マザマ火山)、マッケンジー・パスの大溶岩原、スミス・ロック、温泉などが点在している。これだけ現場・現物で勉強すると、ポートランドの街中にあるミニ火山や、北西部の海岸の岩峰、平野部の岩山、キャニオンの壁に表れる溶岩層などの成因が理解できる。「なるほど、オレゴンは火山州。ここの自然景観はほとんど火山が作ったものなんだな」と納得がいく。

そして、一望されるカスケード主稜線上の火山の連なりが、プレートがぶつかりマグマが溜まり、時に吹き出す地球の移ろいを実感させてくれる。この山並みを北上すればセント・へレンズ火山、レニア山、ベイカー山につながり、南下すればラッセン山に続く。もっと先はアラスカ、アリューシャン、千島列島、日本列島、南はシェラマドレ、アンデスと、記憶とイマジネーションで補って繋げてみることができる。次第に地球の火山のメインストリームである環太平洋火山帯のイメージが目の前の山々と繋がって3D画像のように脳内に立ち上がってくる。

\ニューベリー火山のすぐ南にあるラバ
▲ニューベリー火山のすぐ南にあるラバ・チューブ。溶岩原の下には大小のこのような天然のトンネルが無数に通っている
ニューベリー火山、黒曜石の溶岩台地▲ニューベリー火山、黒曜石の溶岩台地。長さ約1.6キロ、厚さは平均約45メートル、面積約3平方キロ
フォートロック
▲ニューベリー火山の周辺に400近く点在するミニ火山のひとつ、フォートロックは、古い年代のクレーター。ここは州立公園となっている


もっと知られて良い

今、このニューベリー火山でシアトルの電源開発会社が地熱発電プロジェクトを進めている(Information参照)。米北西部での電力については、原発は前世紀中に全廃され、水力、風力、地熱発電へのシフトが積極的に模索されている。
火山列島の日本に居ながら、日本の人は驚くほど火山のことを知らないー隊長自身もそうだったー。日本で起きる津波は北西部の海岸に、当地で起きる津波は日本にそれぞれ10時間で押し寄せる。東日本大震災の津波で流出したデブリが続々と北西部の海岸に漂着していることからも、日本と北西部は一衣帯水、密接につながっていることがわかる。
ニューベリー火山は世界でもここでしか見られないユニークな原始景観であるが、観光+αの体験としても、この火山は日本から来た人にも、日本へ帰る人にも、もっと知られて良い。火山について学べるほかにも、得るものがとても多いと隊長は思っている。

シスターズの西、マッケンジー・パスの広大な溶岩原
▲シスターズの西、マッケンジー・パスの広大な溶岩原。オレゴン=「火山州」だと実感する原始景観
スミス・ロック州立公園▲スミス・ロック州立公園。地中で固まったマグマ(=岩)が川の侵食により地上に現れた。これは、火と水によるコラボ造形
クレーター・レイク国立公園
▲クレーター・レイク国立公園のピナクル(尖塔群)。これも火と水によるコラボ造形のひとつ


※1国立公園局の所轄するNational Monument(国定公園)ではない。セント・へレンズ火山と同じくForest Serviceが管理している。

※2黒曜石(Obsidian):火山岩の一種。組成はガラスに近く、主に二酸化珪素から成る。割ると鋭利な切片となり、太古の昔からやじりや刃物として使われてきた。現代でも眼球、神経の手術に使われる。また、深い艶のある黒さから、古くから装飾用に使われ世界各地で交易品として重用された。

※3ラバ・チューブ:粘度の低いマグマが地表に流れ出る時、溶岩流の表面は空冷されて固まり岩のトンネルとなる。その内部を液状のままのマグマが流れ、後に残った岩の空洞のこと。

Information

ニューベリー国定火山
公園を管理しているデシュート国有林が運営するウェブサイト
Newberry National Volcanic Monument
www.fs.usda.gov/detail/centraloregon/specialplaces/?cid=fsbdev3_035878

ニューベリー・ジオサーマル・プロジェクト
ニューベリー火山での地熱発電プロジェクト
Newberry Geothermal Project
www.newberrygeothermal.com

アルタロック・エナジー社
シアトルにある、自然発電のプロジェクトを進めている会社
Altarock Energy Inc.
www.altarockenergy.com

(2012年8月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。