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太古の巨木林、レッドウッド国立公園

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2004年02月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

Evergreen──常緑のノースウエスト。広大な森林、豊かな緑は北西部の大きな魅力のひとつだ。
家や街並みにある木々、カスケードの樹海など、身の回りの木々の緑は見慣れた風景と思ってしまう私達。しかし、そんな“緑の贅沢三昧”のに慣れた眼で見ても、木の秘める力、森の持つ魔性の前に人々が敬虔な気持ちになってしまう原始の風景がノースウエストの南西部にあるという。
今回は太古の森・レッドウッド国立公園の話。隊長の18番、木についてのモノローグに耳を傾けてみよう。

オーロラ
▲世界遺産にも登録されているレッドウッド国立公園の森林
©森戸潔


“Long long time ago ──”

宇宙空間をバックにお馴染みのこのテロップで始まる『スターウォーズ』の第2作に、巨木林の中で空中スクーター(?)を駆っての追撃戦のシーンが出てくる。どこかほかの星のような光景、人物やマシーンが小さくなってしまったような効果はCGでも特撮でもない。そのシーンはそれほど木が太くて高い、北カリフォルニアのレッドウッドの林で撮影された。
 
そう、本当にLong long time ago。太古も太古、始祖鳥が飛び、恐竜が歩き回っていた中世代ジュラ期、約2億年前から、このレッドウッドの林は生き続けてきた。まだ今の5大陸に分かれる前、ひとつの大きな陸地パンゲア大陸だった頃からである。

当時、草食類の恐竜達は、より高い幹に生える葉を食べようと首が長くなっていき、木は食べられまいとより高く枝を付けるようになっていった。恐竜に代わりさまざまな生き物が登場しては消えていったが、レッドウッドにはまさしくジェラシック(ジュラ期)パークの森の風景が現代まで続いている。その時代から現代まで生き延びている木としては、レッドウッドの仲間でカリフォルニア州西岸のコースタル・レッドウッドと同じくカリフォルニア州内陸のジャイアント・セコイア、そして中国のメタセコイアしかない。1980年にこの森林はいち早く世界遺産に指定された。

レッドウッド国立公園

レッドウッドの森林はカリフォルニア州の北の太平洋岸に500マイルにわたっている。その大部分(面積の90%)は民有林で、用材の伐採が行われている。レッドウッド国立公園と称されているのは南はユーレカ(Eureka, CA)、北はクレッセント・シティー(Crescent City, CA)の間にある国立公園とカリフォルニア州立公園に指定された原生のレッドウッド森林だ。
 
ユーレカへはシアトル、ポートランドから空路でも入れるが、オレゴン・コーストを経てI-101を南ヘ下りるか、I-5からクレッセント・シティーを経て入るルートをおすすめしたい。冬の間は霧や雨の日が多いものの、通年で園内に入ることができる。奇岩や絶壁があるわけでなく、森そのものが絶景という珍しい景勝地のひとつだ。 何はおいても、ここではぜひトレイルを歩いてみよう。世界一高い木はここにあり、112m(368フィート)の高さ。これは自由の女神像よりもさらに20m高い。
 
また、春から秋にかけてのシーズンは巨木林の下で世界で最高のキャンプを楽しむことができる。想像できるだろうか? 雨が降り出しても1時間はテントに雨が落ちてこない環境が。葉がうっそうと生い茂る巨大な木々が雨をも遮っているのだ。
 
森林にはエルクが、海岸へ出ればクジラを見ることもある。 レッドウッド・ハイウェイはクレッセント・シティーから南へ250マイル、延々と続くレッドウッドの林の中のドライブ・コースだ。

レッドウッドの魔性の森

この森の魅力は、美しいとか、見事とか、素晴らしいとかではない。 “すごい”のだ。道をドライブするだけでは、ビュー・ポイントで車を降りただけではわからない。森の中のトレイルを歩いてみて初めて感じる。何かはわからないが“魔性”のようなものを感じる。これぞいわゆる“木霊”や“森の霊気”なのだろう。 ヒトという一個の生き物として「とてもかなわない」と圧倒される生命力がそこにある。それはどうしてだろうか?

オーロラ
▲日本では締め縄をかけてたてまつるような大木がドーン、ドーンと生えている
©森戸潔


時空を超える木

レッドウッドの森を太古に遡って観察してみると、パンゲア大陸の西岸に張り付き、やがて分割、移動する大陸の上で、まるでアメーバーのように繁茂してきたことがわかる。幾度もの氷河期には北から削られ、ときに広がり、ときに狭まりつつ、種の集団(=森)として2億年もの長い月日を生き長らえてきた。 だからこの木にとって人類の出現は、ほんの最近のことにすぎないのだ。
 
1本の木の樹齢がそんなに長いわけではもちろんない。個々の木の平均樹齢は約800年、今ある最長寿の木でも2,200年である(それでもキリスト生誕の2世紀も前だが)。
 
ヒトはこの木の樹皮と、木の内部の色(製材した板など)が赤いことからレッドウッドと呼ぶようになった。 赤さはタンニン質による。 この成分のために木の幹は菌や虫などの耐性が強く、家のデッキ材などに使用されている。成木したレッドウッドの樹皮の厚さは1フィートにも達する。間隙が多く、ここもタンニンを含む構造で、山火事の時も幹まで熱を通さない。100メートルを越す樹高があるので幾度の山火事でも炎は下生えの潅木を焼いて過ぎていくだけだった。
 
木の長寿にはさらに仕掛けがある。それは“根”で、レッドウッドの根は下から上へも伸びることができる。自然の災害は山火事だけでなく洪水もある。レッドウッドの林が上流からの土砂で埋め尽くされても、その後、土中深く埋められた根が地表近くの空気と栄養分のある層へ向かって伸び、そこで細かい根を張り巡らすことができるのだ。長い年月の間に何回もそうやって山火事をやり過ごし、洪水に耐え、病害虫を寄せ付けずにレッドウッドは生き残ってきた。
 
もうひとつの時空を越える装置は萌芽(ボウガ)で、これは倒木や雪で地面に着いた枝がそのままそこから木として成長を始めることを言う、いわゆるクローンだ。だから、もしかしたら2億年も生き長らえている木があるかもしれない。
 
集団としてのレッドウッドの林は、その高い梢で海からの風を捕らえ、局所季候の霧雨を作り出して自分達の水分を確保している。森そのものが地球を相手にしたたかに生きている。
 
人はすんでの所でこのレッドウッドの林を伐り尽くさないだけの知恵があった。が、はたして人類はこれからも地球の主役なのだろうか?温暖化が止めようもなく進み、文明社会が破滅しようと、愚かにも核戦争が起きようとも、この森林だけは生き残っていくだろう。
 
かつてこの木々が恐竜達の末期を見届けてきたように、あと何千年、何万年たっても、またいく度も氷河期を耐えて、なお空の高みを目指してそびえ立っている気がする。
レッドウッドのたくましい樹幹は、太古の昔から悠久の未来へとかかる、いくつもの橋脚のようにも思えてくる。そんな想いを巡らせながら森を歩くのが隊長の至福の時間なのである。

Information

【レッドウッド国立公園・おすすめのトレイル】
トレイルへ入る時は、トレイル・ヘッドや道の状況など、ビジター・センターで当日の詳しい情報を得てからにしよう。

■Staut Grove Trail
P字状ループ0.5マイル/1時間。Jedediah Smith Redwoods State Parkのキャンプ場から夏場だけ利用できる架橋を渡っていく。巨木林の底を這うようなトレイルなので、小人になったような感覚が楽しめる。

■Simpson Reed Trail
ループ0.7マイル/1時間。原生林の成り立ちがとてもよくわかる解説がある。I-199沿い。
■Circle Trail
0.3マイル/30分。Prairie Creekのキャンプ場のそばのショート・トレイル。朝夕の腹ごなしの散歩に最適。

■Tall Trees Trail
往復1.2マイル/林道も含めて約4時間。368フィートの世界一高い木が見られるトレイル。ビジター・センターでパーミッションをもらってから入る。林道を約7マイル入った奥にある。

■Lady Bird Johnson Grove Nature Trail
1.0マイル/1時間。美しいレッドウッドの林の中を行くセルフ・ガイド・トレイル。
 
【レッドウッド国立公園・おすすめのキャンプ場】
■Jedediah Smith SP
直径数メートルのレッドウッドの元でキャンプ。イチオシ。

■Prairie Creek SP
朝夕にエルクの群れが出現する。海岸へも近い。

■Mill Creek
鬱蒼とした森の中にあるキャンプ場。セルフ・ガイド・トレイルがある。

【参考】
レッドウッド国立公園
www.nps.gov/red

Reiichiro Kosugi

1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。