シアトルの生活情報&おすすめ観光情報

秋・アラスカ

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2004年08月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

「アラスカへ来るなら3の倍数月がいいですよ。3、6、9月ね」とはフェアバンクスに住む友人の言葉。
「3月はまだ冬景色でも昼が長くなり、日中は暖かくなる。夜はオーロラが美しい」フムフム。
「野山の花が一斉に咲き誇り、夏が爆発するような6月」「ウン、で9月は?」と訊くと、ニッコリ笑って
「最高! 私は秋のアラスカが一番好き」。 

チュガッチ山脈
▲アラスカ・パイプラインとダルトン・ハイウェイ。カラーでないのが残念だが、大地は一面赤、黄色橙色の錦絵になっている。後方の山はブルックス山脈

秋のアラスカ、ポリクローム(多彩色)の世界

アラスカの秋について、その地をこよなく愛した写真家の星野道夫はこう書いている。

「北国の季節の移ろいは美しい。そしてアラスカは北国というより極北という世界に入るのだろう。私は、この土地のそれぞれの季節に引かれている。が、とりわけ秋のみごとさにはただ言葉がない」

(めぐる季‐とき‐の移ろい『長い旅の途上』星野道夫著 / 文藝春秋)

希代の自然エッセイストに「ただ言葉がない」と言わせる北辺の秋。これは隊長も見たまま直裁に紹介するしかない。

抜けるような空の色、積乱雲さえも小さく見える。山あいの白樺やアスペンは黄金色になり、トウヒの深緑とコントラストをなしている。森林限界の上を見やれば、ワイン・レッドの絨毯を敷き詰めたような、どこまでも続くツンドラの広がり。遠くの山はすでに白く、近くの岩肌までうっすらと刷いたように雪化粧をしている。だから、ほら、冬眠を控えて丸々と太った熊(グリズリー)の親子が一心にコケモモを食んでいる。すでに傾き加減の秋の陽射しは、艶々した毛並みを金色の逆光で縁取る。コケモモ、ブルーベリー、クランベリー……。1年分のジャムを作るため、人々もまたベリー摘みに忙しい。そんなひとつの絵のような風景。

なだらかな黄紅葉の野山と、夕焼けの空の境を、太陽が西に向かって這うように沈んでいく。今夜はどんなオーロラが出るだろうか? 夜が長くなり晴天が多くなり、零下までは気温が下がらない秋はオーロラも活発で、観賞にいい季節だ。

南アラスカ。全米、いや世界中から訪れる人々で賑わう氷河クルーズも9月中旬で終わり。極アジサシやカナダ・ギースなど、渡り鳥達もまた、次の夏までアラスカを去っていく。フィヨルド──氷河が残した深い入り江──の森と氷河が織り成す美しいキーナイ半島では、シャチやイルカ、鯨、トド、ラッコ、パフィン(ツノメドリ)達が群れ遊ぶ豊穣の海に静けさが戻ってくる。

秋のアラスカ、ポリクロームの世界を少しはイメージできただろうか? 蚊もいなくなり、好天に恵まれる秋のアラスカはエコ・キャラバンに最適のシーズン。隊長の一押し、二押しエリアは、右のインフォメーションで紹介する。

デナリ国立公園
タルキートナから見るデナリ(マッキンリー山)。秋は空気も澄み、晴れる日が多くなる
キーナイ・フィヨルド国立公園
アンカレッジ市内の公園で見かけたムース(雄)。アラスカでは、森林があるほとんどの地域に生息する身近な動物。秋には角が最大になり、重さは30キロに達する
デナリ国立公園
▲ちょっと野外へ出掛けると、至る所にさまざまな種類のベリーが実っている。野生のブルーベリーは酸味があり、それこそ野趣のおいしさ


北西部風アラスカ堪能法

米北西部と地続きのアラスカ。私達に身近な景色から続く自然は私達に地球の広がりを感じさせてくれる。東南アラスカの太平洋岸は、私達には見慣れた苔むした森林の景観だ。木々は北へ向かうにつれてダグラスファー(米松)がシトカ・スプルース(米トウヒ)に変わり、ヘムロック(米栂)に変わり……、氷河が出てくるとその木々も小さくなっていく。柳蘭(ヤナギラン)の花は茎の下から上へ順に花を開き、夏を告げる。秋にはそれが綿毛となり、葉は赤く色付く。オレゴン州やワシントン州からブリティッシュ・コロンビアのユーコン準州を経てアラスカまで、道沿いの至るところに咲くこの花は、南から北それぞれの土地の夏と秋を告げるカレンダーだ。春に家の近くで見た渡り鳥を夏にアラスカで見ることができる。アラスカ沖を泳ぐ鯨が、やがてオレゴンやワシントンの海岸にも姿を見せに来る。

空海陸路でアラスカへ行けるのは世界でも米北西部だけ。自然の移り変わりの妙を堪能しよう。空路ではシアトルから3時間余りでアンカレッジに入る。機内からは進行方向、右の窓から眼下に東南アラスカの眺望が楽しめる。北西に進路をとる飛行機は大小の島々とフィヨルドの森林を過ぎると、やがて広大な氷河地帯に沿って飛ぶ。幅数10キロもある世界最大の氷河を一望するには、上空3万フィートがちょうどいい高度かもしれない。

そのルートは船で辿ることもできる。アラスカ州営のフェリー(マリン・ハイウェイ)がシアトルの北ベリングハム・アンカレッジ間を結んでいる。一方、陸路ならアラスカ・ハイウェイ。ロッキー山脈を越え、ユーコン川を渡り、延々2,500マイル(約4,000キロ)続く道。アドベンチャラスで思い出に残るロング・ドライブになるだろう。

地球は廻る

秋。日本あるいは北西部のように、中緯度地帯には、ゆったりした季節の移ろいのペースがある。だが、高緯度のアラスカではそれのなんと速いことだろう。夏から冬へあっという間に過ぎてしまう。地球の公転を私達が実感できる速さだ。それは駆け足の旅の最中にあっても、ちょっと立ち止まってみるだけであなたも感じることができる。
アンカレッジ郊外にあるターナゲン入り江は干満の水位差が12メートルにも及ぶ。世界でも有数の潮の満ち干きが激しい海で、潮の変わり目に岸辺に立っていると、海面が湧き上がるように迫り寄ってくる。怖いくらいだ。そのほんの10数分の間に、月と太陽と地球の運動を体で感じる一瞬がある。

同じように夏からスッと冬に向かう、アラスカを駈け抜けていくような秋。片時も留まらずに変わる自然と、変わらぬ時の流れをはっきりと感じる一瞬がある。地球の公転を実感した体が思わず深く息を吸い込んでしまう。

自分の中の自然(=体)が外の自然(=宇宙)にシンクロする──アラスカの秋はそんな季節である。

Information

■アラスカ・マリン・ハイウェイ Alaska Marine Highway
www.dot.state.ak.us/amhs/index.html
シアトルの北、ベリングハムとアンカレッジ間を結んでいるアラスカ州営のフェリー。アラスカ南東部の海岸線は、島や海峡が複雑に入り組んだフィヨルド地形だ。大きく深い森林と氷河に囲まれた神秘的な海を、小さくて美しい港町に寄りながら船は北西を目指す。運行は9月14日まで。下記のウェブサイトではフェリーのスケジュール、運賃、各寄港地の情報などを掲載。

■アラスカ・ハイウェイ Alaska Highway
http://511.alaska.gov
この道は太平洋戦争初頭、北(アリューシャン / アラスカ方面)からの日本軍の進攻(アンカレッジを攻略し、そこを拠点にシアトルのボーイング工場を空襲すると想定)に備え、突貫工事の末、アメリカが急遽開通させた軍事道路であった。当時はハイウェイとは名ばかり、四輪駆動の軍用トラックでも立ち往生する未舗装の悪路だったが、その後順次舗装が進み、今では全ルートが舗装されている。ただし、基本的に「ワイルドなエリアのワイルドな道」という心構えが必要。出発前に工事情報などを確認のこと。それでも天候、山火事など、いつでも状況は変化し、長時間の通行止めなどがある。途中ユーコン川のほとりの森の中に温泉がある。緑に囲まれたお湯に入ってロング・ドライブの疲れを癒すことができる。下記のウェブサイトでは、ドライブにあたっての準備、注意事項、道路情報、天候などを掲載。

■アラスカ・パイプライン Alaska Pipeline
北極海の海底から採掘された原油は、延長1,280キロに及ぶパイプラインを通ってアラスカ南岸の積出港バルディーズまで挿送される。バルディーズからフェアバンクスを経てプルドーベイまで、ステイト・ハイウェイ4号線とダルトン・ハイウェイが並行して走っているのでパイプラインは随所で見ることができるが、圧巻は何といってもブルックス山脈の北、北極海に面したノース・スロープ(North Slope)の広大なツンドラの平原部。地平線の向こうから現れて、反対側の地平線に霞んで延びている銀色のパイプを見た人は、自然と人間がなした技に思いを馳せる。

■ダルトン・ハイウェイ Dalton Highway
http://aurora.ak.blm.gov/dalton/tour
フェアバンクスの北より北極海まで続く500マイル(800キロ)の未舗装道路。アラスカ・パイプラインに並行して走っている。隊長の一押しは北極圏の大地の紅葉。ブルックス山脈を越えるとツンドラによる地平線がワイン・カラーに染まり、その美しさはこの世のものとは思えない。その中をカリブーは群れをなして南の森林帯へ旅を始め、カナダ・ギースも雁行形を作って南の空へ向かう。ウェブサイトではドライブの準備、注意事項、道路情報、天候などを掲載。電話での問い合わせは1-800-437-7021。

■デナリ国立公園 Denali National Park
www.nps.gov/dena
隊長の二押しはデナリの秋。9月になると観光客も減り、本来の静けさが戻ってくる。限定で園内への一般車の乗り入れが許可される。下記は国立公園局のウェブサイトで、トレッキング、キャンプ場の予約、園内のツアーバス、シャトルバスについてなど、すべての窓口となる

■アラスカ鉄道 Alaska Railroad  
http://www.arkk.com
南岸の港町スワード(Seward)からアンカレッジ、デナリを経て、北辺の内陸都市フェアバンクスを結ぶ延長470マイル(756キロ)の州営鉄道。夏は観光列車が走る。
ウェブサイト:www.arkk.com

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。
ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan