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北西部の動物達/海洋編

アメリカ・ノースウエスト自然探訪2005年03月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

海に棲む動物達はみんな体が丸っこくて愛らしい。
オレゴン・コーストの岸辺で、はたまたピュージェット湾を行き来するフェリーで……
街からちょっと足を延ばすだけで、いろいろな海の動物達と出会うことができる。

Keiko
▲映画『フリー・ウィリー』に出演したシャチのKeiko(オス)は、野生復帰に向けたリハビリのため1996年から2年間、オレゴン・コースト水族館で過ごした。’98年に故郷のアイスランドの海へ帰されたが、ついに野生のシャチの群れとは合流できず、’03年末ノルウェーの海で孤独な最期を迎えた
Newport
▲オレゴン・コーストの漁港の町Newportでは、波止場の一角にトド(Steller’s Sea Lion)が居ついている。観光客や道行く人に愛嬌を振りまいて……はいない


動物達が棲息する海

今の子供達ならラッコもシャチもアザラシも知っている。かわいいキャラクターとしてテレビや写真、本などでよく紹介されるし、テーマパークのショーの“レギュラー”としても人気者である。しかし、彼らを彼らが棲んでいる場所で、自然のままの姿で見る感動はまったく違うものだ。

潮風に身をさらし、彼らと同じ気温に身を置いて……。ウンザリするほど待っても出会えないこともある。波間の逆光に手をかざし、目を細めて凝らしても、見えるのはほんの一瞬かもしれない。それでも五感を使ったその出会いの時「ある確かな感触」が私達の心の深みに刷り込まれてしまう。それがどういうものかは敢えてここでは述べないでおこう。

山野の動物達が棲むノースウエストには、海の生き物達もまた多く棲んでいる。ロサンゼルスやニューヨークとは違い、私達はいわば動物達と住を共にしていると言える。彼らに会いに出掛けない手はないだろう。

ホエール・ウォッチング
▲1998年11月にレッドウッド国立公園の海岸で行ったホエール・ウォッチングの模様。沖を泳ぐコククジラ(Gray Whale)を探し、南へ向う数十頭の群れを見つけることができた
ザトウクジラ
▲アラスカの州営フェリーは、フェリーの回りにたくさんのクジラが泳いでいるので、フォレスト・サービスの自然解説員がザトウクジラのヒゲを掲げながら、彼らがどのように魚やエビを食べるかを説明してくれる
シャチ
▲アラスカの南岸、キーナイ・フィヨルド国立公園で見たシャチ


どんな動物がどこで見られるか

海の動物達を大きい順に紹介しよう。 

クジラ(※1):北西部の海で見られるクジラは主に3種類。まずはコククジラ(Gray Whale) 。外海、つまりオレゴン・コーストとワシントン州の太平洋側で岸辺から季節移動するクジラの群れを観察できる。ザトウクジラ(Humpback Whale)は春から夏にかけて東南アラスカからベーリング海沿岸にやってくる。ミンククジラ(Mink Whale)は夏の間(5~9月)サンファン諸島沿岸(※2)に現れる。

シャチ:英語名はOrca、またはKiller Whaleで、主にサーモンなどの魚を食べる。黒と白のツートンカラーと高い背びれが特徴で、群れで棲息している。ミンククジラ同様、夏が観察のベスト・シーズン。ホエールウォッチングのボートが出ているサンファン諸島の沿岸で観測できる。

イルカ:英語名はDolphin、またはPorpoise。ミンククジラやシャチと同じく、イルカの棲息エリアもサンファン諸島の沿岸。KeystoneやSan Juan行きのフェリー上から見えることもあり、シャチやイルカはしばしば船の周りを泳ぎ回って遊ぶ。

ベルーガ:アラスカ近海に棲み、全身が白いためシロイルカとも呼ばれる。時速約4kmとゆっくり泳ぎ、氷山と共に移動するため保護色の白色になった。夏にアンカレッジ近郊の入り江で見ることができる。

セイウチ:海象、英語名はWalrus。2本の大きな牙を持ち、成長すると体長が3m以上にもなる大型海獣。アラスカ西岸やベーリング海のセント・ローレンス島に群棲している。

トド:英語名はSteller’s Sea Lion。オレゴン・コーストやアラスカ南岸に棲息する。オレゴン・コーストの『シー・ライオン・ケイブ』では、数百頭のトドが群棲する様子を見学できる。同じくオレゴン・コーストの漁港町Newportの波止場では、そこに居着いている十数頭のトドが道行く人の目を引いている。

アシカ:英語名はCalifornia Sea Lion。トドよりひと回り小さく、カリフォルニアからアラスカにかけて棲息。ワシントン州の太平洋岸やサンファン諸島などで見ることができる。

アザラシ:英語名はSeal で、Harbor Sealもその一種。太平洋岸に広く棲息している。オレゴン・コーストの『ヤキナ・ヘッド野生生物保護区』では、その名も「Seal Island」にHarbor Sealの一大群棲地がある。ワシントン州では太平洋岸とピュージェット湾内の各地で見ることができる。

ラッコ:英語名はSea Otter。海面で仰向けに浮かぶ姿に愛嬌がある海の人気者。イタチの一種でアラスカ南岸からオレゴン州沿岸にかけて棲息している(ちなみに淡水に棲む同種のものはOtter、日本名カワウソ)。オリンピック半島の北西端Cape Flatteryで見ることができる。

アザラシ
▲ヤキナ・ヘッド野生生物保護区にあるSeal Islandは、アザラシ(Harbor Seal)の一大繁殖地になっている
ラッコ
▲海にいる哺乳動物では一番小さいラッコ(オスは体長1.5m、メスは1.2mくらい)。密生した体毛に空気の層を蓄えて体温を保っている。白髪頭のように、歳をとるにつれて顔が白くなっていく


動物の名前の語源や各国での呼び方

この原稿を書くにあたってそれぞれの動物の名前を調べていたら、なるほど思うことがいくつかあった。ひとつは、当たり前のことだが、その動物の原生地に住んでいる人々が呼んでいる名前が多いこと。例えば、アイヌ語が語源になっているものとしてラッコ、トド、アシカ、アザラシなど。トナカイもアイヌ語だ。
日本語名のシャチは幸(サチ)からきており、1頭だけ獲れても多くの人の腹を満たしてくれるかららしい。さらにトドも日本語が起源という説がある。また、セイウチは「Sivuch」という樺太の原住民のギリヤク語が起源だ。

英語名で面白いと思ったのはSea Lion。ネコ科の中でライオンだけが群れを作るのだが、サバンナの木陰でドテ~ッと寝ているライオンの群れを見たことがある人がトドかアシカを見て“海のライオン”と呼んだに違いない。岸の岩の上でトドが身を寄せ合って寝ている様子を見ると、「ウーン、海のライオンも寝ているな」と思う。

英語の名称ではトド、アシカ、アザラシの区分、つまりSea LionとSealの区分(※3)が随分いい加減である。確かにどちらも体が丸っこくて似ているが、一番の見分け方は前者には小さい耳があり、後者にはないことだ。それとトドやアシカは四肢で体を立たせることができるが、アザラシの後肢はそういう作りにはなっていないから、いつも腹ばいである。

汚染のボトムにいる海の動物達

ノースウエストの海岸線は(例外もあるが)そのままアメリカの国境線であり、また人間界の外に住む海の動物達の最前線でもある。河口近くの浜辺で「このエリアの貝類は汚染されており、食用には適しません」という注意書きを見かけたことはないだろうか?実際、都市近辺の海水は人間界から排泄されたあらゆる汚染物質のカクテルのようなものである。今回紹介した動物達は皆哺乳類であり、エラ呼吸しているわけではないけれど、我々人間が口にする魚介類を常食にしている。 

往時と違って、今はどの動物も乱獲されないどころか、各地でその棲息が保護されている。しかし、彼らの食物については別である。現代の野生生物達の問題はえさの量の多寡でなく、DDTやPCBダイオキシンなどの残留性汚染物質POPs(※4)の問題なのだ。POPsは大気中、地上、流・淡水中のものを問わず、やがては海へ流れ込む。水は蒸散するが、POPsはプランクトンに蓄積され、それを小魚が食べ、そして最後には食物連鎖の頂点にいる海の哺乳動物達の体に濃縮されて蓄積する。これらの動物達はDDTやPCBを分解する酵素を持っていないので、体内の化学物質は内分泌を攪乱し、免疫力や生殖機能を低下させたり、その個体と子孫に重大な影響を与えたりする。今回紹介した動物達は今、程度の差、時間の差こそあれ、種の絶滅の恐れがある。自然の中で平和そうにしている彼らを見ていると、今起こり始めている災禍は悪夢であってくれと思う。でも、いったい私達に何ができるだろうか? 答えを見つけるのはたやすくないけれど、彼らとの出会いの時に感じる「ある確かな感触」こそ、私達にその知恵を与えてくれるような気がする。 
 
■注釈
※1.クジラ……シャチやイルカは分類学上では同じ「クジラ目」、つまりクジラの仲間だが、大きいものがクジラ、小さいものがイルカと通称されている。
※2.サンファン諸島沿岸……ミンククジラとオルカの出現頻度の高い場所は、サンファン島のRosario StraitやLime Kiln Pointなど。
※3.Sea LionとSealの区分……これにオットセイが加わると話はさらにややこしくなる。オットセイは主に赤道から南半球に棲息する小型Sea Lionの一種であり、大きい順に並べるとトド→アシカ→オットセイとなる。 
※4.POPs……Persistent Organic Pollutants。自然分解されにくく、食物連鎖の過程で生物に濃縮されやすい上、大気と水により長距離移動する急性・慢性毒性を有する有機物。ダイオキシン、PCB、DDT など。

Information

【書籍】
■Washington Wildlife Viewing Guide
著者:Joe La Tourrette / 出版:Falcon Press。ワシントン州全域の野生生物(野鳥からクジラまで)の観察スポットが紹介されている。適切なマップと豊富な写真により、簡潔でわかりやすいガイドブック。隊長の(強力)イチオシ本。
【フェリー】
■Washington State Ferries
ワシントン州交通局が運航するフェリーで、サンファン諸島への交通の手段。Keystone-Port Townsend線やSan Juan Island線では海の動物を見るチャンスがある。
206-464-6400
ウェブサイト:www.wsdot.wa.gov/ferries
【ホエール・ウォッチング】
参考までにツアー会社をいくつか紹介するが、ピュージェット湾には多くのツアー会社がある。ボートのタイプ、発着場所、コース、所要時間など多くの選択肢があるので、各社のウェブサイトやパンフレットをチェックしよう。ホエール・ウォッチングの情報は、過去にキャラバン#6「クジラを見に行こう」でも紹介している。(www.youmaga.com/magazine/eco/2002_12.html
■Salish Sea Charters
夏Snug Harbor、冬Shilshole Marina発。
360-378-8555 ウェブサイト:www.salishsea.com
■P.S.Express
Port Townsend発。途中、島々の間を巡りながらWildlife Stop San Juan Island とFriday Harborの間を運航しているので、フェリーとしても利用できる。
360-385-5288
ウェブサイト:www.pugetsoundexpress.com
【スポット】
■シー・ライオン・ケイブ
オレゴン・コーストの中央部、Florenceの北約18キロの海岸にある巨大な岩の洞窟。北米で最大級のトドのコロニーになっている。
Sea Lion Cave 541-547-3111
ウェブサイト:www.sealioncaves.com
■ヤキナ・ヘッド野生生物保護区
オレゴン州のNewportの北にあり、海鵜など海鳥の繁殖地のほか、アザラシ(Harbor Seal)の群棲地・タイド・プール(潮溜り)がある。また、回遊しない居着きのコククジラが波間に姿を見せることもある。  
Yakina Head Outstanding Natural Area
541-574-3100
ウェブサイト:www.or.blm.gov/salem/yaquina
■ライム・キルン州立公園
サンファン島にあるワシントン州の州立公園。シャチ、ミンククジラ、イルカを見るのに格好のスポットで、出現率も高い。
Lime Kiln Point State Park 206-378-2044
ウェブサイト:www.parks.wa.gov

Reiichiro Kosugi

1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。

エコ・キャラバン写真サイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan