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いまわしいジグソーパズル・北米温暖化最前線

アメリカ・ノースウエスト自然探訪2005年11月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

『地球温暖化(global warming)』のニュースが多くなってきた。
この夏のハリケーンの被害も記憶に生々しい。
今アメリカ各地の自然はどうなっているのだろう?

動き出した生き物達

子供達の高校の学生新聞に最近こんな記事を見つけた。

“Students share classrooms with six-legged’friends’(六本足の級友現る)”。つまり学校にゴキブリが棲み出したという内容だ。そう言えば家の裏のクリークからカエルの声が聞こえる時期が年々早まるようだ。4月→3月となり、昨冬はそれが確か2月だった。続く3月は日中をTシャツで過ごせる暖かさの記録的な小春日和が続いた。毎冬ー20℃以下になる厳冬のはずの北部ウィスコンシン州で1月にテントウ虫を見たこともあった。年末にレッドウッド国立公園へ行った人からは「真冬でもカエルが鳴いていた」と報告があったし、その前年、五大湖の岸辺で12月に北へ飛んでゆくカナダ雁の編隊を見たこともある。これらは偶然の一致だろうか? 近年特に高緯度地帯で生き物が北上していると聞く。例えば中緯度の樹木の病害虫(だった)スプルース・ビートルが北緯60度近くにまで上がってきて広大な面積の森林を枯らしていく。赤キツネの生息域が北極圏の南にまで上がってきて、北極キツネの生息域が次第に北へ押しやられている。

各地の異常気象

オハイオ州のハイウェイ70号線
▲2005年初め中西部一帯は記録的な大雨に見舞われる。各地で広い面積の土地が冠水した。オハイオ州のハイウェイ70号線で


昨冬の記録的暖冬少雨の影響で、この夏カスケード山脈一帯の水系は近年ない水枯れの様相を呈し、各地の湖で湖底が現われた。オレゴン・ワシントン州境を流れるコロンビア川の中流部では100メートル以上も川幅水面が狭まった所があった。その一方で、通年雨が少なく夏にたびたび発生する山火事により住宅地が脅かされている南カリフォルニアで、昨冬は集中豪雨によって住宅地を大きな地滑りが襲った。同じ時期には、オハイオなど中西部も記録的な暖冬で大雨が続き、平野部では広大な面積の土地が水没した。そして例年なら凍結する山地がぬかるみ、木材の伐採が滞った。北のミネソタ州では氷が割れてスノーモービルが湖へ転落する事故が頻発したという。

高緯度地帯で起きていること

山火事
▲2005年の夏、アラスカ、フェアバンクスの北の広大なタイガ林では、数カ所で森林火災が続いた


アラスカの今夏の気温は史上最高を記録し、雨が少なく森林は乾燥し、山火事で失われた面積も記録的だった。8月にアラスカ鉄道でフェアバンクスへ向かった際には、数両先の車両もかすむ山火事の煙の中を3時間も走った。アラスカの森林を脅かすものは山火事だけではない。気候の温暖化と共に病害虫が北上してきて、広大な面積のタイガ林が失われつつある。また、ツンドラ(永久凍土層)が解け湿地帯が広がりつつあると報告されている。

消えゆく氷河

バロー岬
▲北米大陸の最北端バロー岬から北極海を望む。北極圏の動物達は流氷と共にこの海にやって来る。人々の生活を支える流氷が年々少なくなっていく


多くの氷河(注1)が後退しているアラスカだが、自然は一様でない。緯度と地勢により降雪量が増え成長(前進)する氷河もある。また、「滑り出し(サージ)」といって全体の氷は減って、かつ急に前進が速まる氷河がある。多くの観光客が氷塊の崩落を見るために訪れたコロンビア氷河は、つい最近までアラスカ観光の大きな目玉だった。氷河の滑り出しにより氷塊がはるか前面の海まで押し出してきて、もはや船で近付くことは難しくなってしまった。

アンカレッジから近く、ガイドブックには必ず紹介されるポーテージ氷河は以前から訪れる人が多い。今では氷河は谷の奥へ後退し、後に氷河湖が残っている。同じく日帰り氷河観光のメッカであるプリンス・ウィリアム湾。海へ流れ込む最大級の氷河であるハーバード氷河の舌端へ2003年までは頻繁に観光船が訪れていた。翌年は崩落した氷塊が多く船が近付けない日が続き、今年はついに氷河が残したフィヨルド(入江)の途中でUターンすることになった。湾の北にあるカスケード、バリー、コックスの3本の海氷河(tidal glacier)は今末端で接しているが、崩落ごとに下の岩肌が現われてきている。3つの氷河が分かれる日は近いだろう。東南アラスカにあるベーリング、マラスピナの両巨大氷河は地図で見ると海まで流れ込む海氷河だが、今は巨大な湖を残して内陸へ後退している。氷河が消えていくスピードは目に見えて速い。ここまでで紹介した氷河はいずれもシアトルやポートランドとアラスカの間を飛ぶ旅客機の窓から見ることができる。北のマッキンリー山の周辺、デナリ国立公園の氷河の多くが後退しつつあり、一部は滑り出しが観測されているそうだ。モンタナ州のグレイシャー国立公園にはかつて150の氷河があった。今は30の氷河が残っているが、今後30年でこれも消失する予測だ。

コロンビア氷河
▲写真中央の縞模様の終わっている所がコロンビア氷河の末端、右下の白い部分が流れ出した氷塊が浮かぶ海面。2005年7月上旬撮影


2005年9月、米雪氷データ・センターや米航空宇宙局(NASA)などの共同グループが「北極海の氷は年々減少が進み今世紀末には消失する」という予測を発表した。南極でもグリーンランドでも広大な棚氷の消失が衛星から観測されている。

事実、影響、予測、原因、対策、論議、論議……

氷は解け、水温が上り海水面は上昇する。人口、貧困問題も加わり世界各地の低地帯に住む人達は、高潮、熱帯性低気圧、津波によって次第にその生存や生活基盤(サブシステンス=subsistence)を脅かされるようになってきた。フィジー、モルディブ、バングラデシュ、フィリピン、そしてアメリカの北辺南辺などで顕著だ。例えば、土地の水没や侵食。さらにはこれから毎年ハリケーンの度に避難を強いられるようでは、とても生活を続けられない。地球温暖化が進んでいること、さらに進むことは2000年までにはどの研究機関にも共通して確認された事実だった。2000年以降は人々の関心は「これからどうなるのか?」に向いている。さまざまな予測が発表されている。温暖化の影響は多方面に及び、その直接被害(熱波や干ばつなど)もさることながら、世界的な気候変動、特に局地的に起こるコントラストの激しい異常気象(集中豪雨や熱波寒波など)とそれによる(自然?)災害が現在進行形の懸念材料だ。ただし予測と対策が可能な災害をただ自然災害と呼んでいいかはわからない。

酸鼻極まるニューオーリンズ水没の災害については、1年前から世界で900万部発行の『ナショナル・ジオグラフィック』誌上で、そして現場からも警告されていた。温暖化の原因と対策については論議が続いているが、その紹介に誌面を割きたくはない。不毛だからだ。

経済面への影響

ガソリンの値上がりにより、今夏以降アメリカでの車の売れ筋が変わった。アメリカ車の販売台数が2桁減少し、その分日本車が増えたのだ。石油値上がりの影響は至る所に現われている。ポートランドの電車Maxの運賃は$1.60が$1.80になり、全米の貨物輸送のトラック賃が値上がりした。航空運賃も同様に燃料割増料金が加算されたが、それでも燃料のコストアップは航空各社の採算と経営を圧迫している。海上輸送の船運賃も無論上昇している。市場を通して原油高の影響は世界に及んでいる。きっかけが人為か自然(カトリーナ)でこれもまた、「2005年のオイル・ショック」と呼ばれることになるだろうか。

日本の損保各社は来年度より、風水害補償を含む住宅の火災保険の適用期間を現行の最長36年から10年以下に短縮することにした。異常気象で「将来の災害リスクが読みづらくなった」ためだ。消費者も企業も背に腹は代えられない。経済は人間界の自然である。ゴキブリの北上も自然なら、エア・チケットの値上げも自然である。

隊長の呟き

「地球温暖化問題はきわめて多面的であるため、理解することも解決することも難しい極め付きの難問である」(佐和隆光著『地球温暖化を防ぐ』より)

「…挙げた例はこれが『いつか』ではなく、『すでに』の問題であることを示している。温暖化の阻止は、現代文明を支える化石燃料の消費削減という、根本的な課題を解決しなければならない。人類が直面するもっとも困難な問題だろう」(石弘之著『地球環境報告 II 』)

どの本を読んでも誰の説を見ても、地球温暖化は「とてもやっかいな難問」だというところで終わっている。終えざるをえないのだ。これからどれくらい先、どの地域で何が起きるか? 何がどう変わるか? 誰がどう防止策に取り組むのか? 組まないのか? 不確定要因だらけ、そして流動的だ。しかも私達の生存を脅かすものは温暖化だけではない。書く側は筆が止まり、読む側も不安の穴に入り込み途方に暮れてしまう。

それでも「地球温暖化」について悲観も楽観も静観も諦観も達観もしたくないと隊長は思う。私達に何ができるか、どうしていいのかわからなくなったら、コンピューターを切り、テレビを消して野外を歩いてみる。そして水や風の音に耳を傾ける。地球の誕生の時から続いている音だ。そう、有史来人間はほとんどすべてを自然から学んできたのだ。すると「地球にやさしい」とか「Save Earth」とかは思い上がりの言葉だと気付く。人類と地球の関係は孫悟空とお釈迦様のようなものではなかろうか? 人間から自然への働き掛けは海や大気を通じ、国や大陸を越え世代を越えていつか人間に返ってくる。同じ人類ではあるものの、同じ人物にその因果が巡り来ぬことがたまらなく不条理なわけで、だから恨みも妬みも争いも起きる。地球の裏側にいる人達のことを思いやる心、自然と寄り添った、また、先祖から子孫まで連なった生き物のひとつの種として人間と自然を慈しむ心が動き出せば、自然との処し方がわかってくると思う。じつはそれはいにしえよりあった、東洋にも、ここノースウエストでも、ネイティブの人々の智慧として伝わっているものである。それは「足ることを知る」ということだ。現世代は5リッター、6リッターの車に必ず乗り続けねばならぬものなのか? 今ある石油資源をせめて2、3世代後の子孫達のために残すことを考えてもいいのではないか? 温暖化の主因のひとつと考えられ、それを防ぐ手段として炭酸ガスのコントロールが有効か否かがまだ論議されている。自然に対しても謙虚に「fail safe」(注2)の姿勢で臨むべきではないだろうか。5年でも、10年でも飽くなき消費の増大をスローダウンしながら、環境への負荷をより少なくする経済へのシフトを考えるのも選択肢だ。

いったい我々は何にせかされているのだろう? 北米各地の自然からの小さなサイン=ジグソーパズルのピースを組み合わせていくと浮かび出てくる図柄は、そんなメッセージのように思える。 

注1:アラスカの氷河については、「ノースウエスト氷河三昧」を参照
注2:故障や操作ミス、設計上の不具合などの障害が発生することを先に想定し、起きた際の被害を最小限にとどめるような工夫をしておく設計思想

Information■EPA(アメリカ環境保護局)
地球温暖化についての情報と米政府公式見解がわかりやすくまとめてある(英語)。
ウェブサイト:http://yosemite.epa.gov/oar/globalwarming.nsf/content/index.html
■気候変動に関する政府間パネル
UNEP(国連環境機関)とWMO(世界気象機関)が母体の国際機関IPCCによる気候変動の最新情報と研究。出版物や検索、リンクなどがある(仏・中・英語ほか)。
ウェブサイト:www.ipcc.ch/index.html

■地球温暖化 早期警報地図
IPCCの出した気候変動に関する報告書の概要和訳。この簡潔な1ページを一覧するだけで、現在地球上で進行している温暖化の現象(異常気象は含まず)の概観を的確に把握できる。忙しい人向き。企業サイト内の1ページ。
ウェブサイト:www.mc.ccnw.ne.jp/s_hills/sub74-01-01.html

■地球環境と健康にやさしいエコ生活を提案するエコワンネット
環境関連消費財の点検、主に地球温暖化問題について、その現状やメカニズム、対策、日常生活で私達ができることなどを簡潔に、わかりやすく解説してある日本の企業サイト。
ウェブサイト:http://eco-one.net/index.html
【参考文献】
『地球環境報告 II 』岩波新書592 石弘之著
『地球温暖化を防ぐ』ー20世紀型経済システムの転換ー岩波新書529 佐和隆光著
『ナショナル・ジオグラフィック(日本版)2004年9月号』大特集「地球の温暖化」

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan