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デスバレーで正しい「ネイチャー・ショック」

アメリカ・ノースウエスト自然探訪2005年12月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

「緑が多いのはいいけど、雨はいや。もっとアメリカらしい景色を見てみたい」
今の時期、もし家族や日本からの客人からそんな声が上がったら、
きっとそれは「デスバレーへ行け」との天の声だよ……とこたえよう。

オハイオ州のハイウェイ70号線
▲一面に広がる白い塩原。このバッド・ウォーターは海面下85メートルにあり、西半球の最低地点だ。ちなみに東半球の最低地点はイスラエルとヨルダン国境にある塩湖の死海で海面下395メートル。また、デスバレー国立公園の最高地点はここから西25キロにそびえるテレスコープ・ピーク(3,368メートル)


デスバレー国立公園はアメリカ南西部カリフォルニア州の東にあり、ネバダ州と接している。公園の地形はわかりやすい。すなわち灼熱の広大な谷、デスバレーと谷を挟む東西の山脈とで成っている。広さは長野県とほぼ同じで、アメリカ本土では最大の国立公園だ。1933年に国定公園に指定され、1994年、国立公園に昇格した。夏は50℃を超える灼熱の死の谷となるので、これからの冬の時期がこの谷のベスト・シーズンとなる。

グレート・ベイスンの一角

今から数千万年前の新生代にカスケード・シェラネバダ山脈とロッキー山脈の間は東西方向に250キロメートルほども引き延ばされた。それが現在のグレート・ベイスン(Great Basin)である。北はセントラル・オレゴンへと続くこの広大な大地には、この地殻の伸張のために幾筋もの断層が南北に走り、長い侵食と堆積の末に南北に続く山脈と盆地が交互に現れる地形ができ上がった。デスバレーはこのグレート・ベイスンの南部にあり、北緯36-7度に位置する。西には4,000メートル級のシェラネバダ山脈が衝立のように太平洋からの風と雲を遮っている。この影響と気候帯、内陸、盆地、貧植生の条件が重なって、デスバレーは世界でも有数な灼熱の乾燥気候の地として知られている。

山火事
▲年間わずかに降る雨が少しずつ大地に刻んできた紋様。まったく雨の降らない年もあり、気の遠くなるような長い時間の自然の所業だ。ザブリスキー・ポイントで撮影
バロー岬
▲バッド・ウォーターの北にある塩原は、バッド・ウォーターが真っ平らであるのに対して局所的な風の影響だろうか、ご覧の通りの表面。 「Devil’s Golf Course」とは絶妙の命名である。塩分、ミネラル、泥でセメントのようにガチガチに固まっている


硬派な自然を体感する

アメリカにはさまざまな自然がある。我々のいる米北西部の自然景観を「優しい」と例えるなら、デスバレーの自然はその対極、もっとも「硬派」と言えよう。緑豊かな北西部や日本からこの谷に足を踏み入れると、からだ全体で「カルチャー・ショック」ならぬ「ネイチャー・ショック」を感じるだろう。でもそれは一種爽快で一度は体験してみるに値するショックだ。

日本にはない「凄い自然」ということでデスバレーについてはガイドブックなどに紹介されているし、インターネット上でも紀行記録をたくさん検索できる。ただ、写真や映像でどの程度この谷の迫力が伝わるだろうか? 自然を紹介する際に付いて回る実際とのギャップが、ここではひときわ大きい。まず広さ。視覚にも写真にもあまりに広すぎる。これは来て見る以外にない。砂けむりの埃っぽい風が吹き抜けても何も鳴るものがない音なき世界。ぽつんとそこに居て心に沁みる静けさだ。足下に広がる砂の感触、塩の平原の触覚、塩の辛さ。そして青い空に太陽があり、空のどこにも雲がないこと。肌に突き刺さるように鋭く熱い日射。日中の空気の熱さや朝晩の冷たさ。もう、裸でひとり創世記の地球に放り出されたようなその心細さは、写真でも文章でも伝えることは難しい。実際この谷を歩いて五感で受け止めてもらうしかない。

超殺風景という風景

デスバレーはまた写真を撮る人を魅了する場所でもある。「殺風景」というテーマの風景写真のメッカと言ってもいい。実際、日中の炎天下、どこにカメラを向けても白っ茶けた大地とピーカン・ブルーの空となると、3日目にはカラー・フィルムを使うのがバカらしくなってくるくらいだ。しかし自然の懐は深い。光と色の移ろいで死の谷に泊まる人間をもてなしてくれる。朝と夕方の陽の傾く時間帯は大きな空と、遠くの山並みが刻一刻と表情を変え、息も止まるほどに美しい。

バロー岬
▲公園東入り口近くのゴーストタウン、リードフィールド(Leadfield)。デスバレーの周囲には、かつてゴールド・ラッシュで沸いた時代の街並みの後や打ち捨てられた廃鉱、作業場跡などがそこここにある
バロー岬
▲谷の全貌を一望できる園内きってのビュー・ポイントであるダンテスビュー。木がないので遠近感も距離感も不確かになるが、眼下の谷と正面の山の標高差は3,000メートル以上もある。ここへ登る道は2004年8月に起きた集中豪雨の土石流で押し流され
バロー岬
▲ゴールデン・キャニオン・トレイル。正面に見えるピークがレッド・カテドラル。ここも草木がないので距離感がつかみにくいが、個々の谷は見掛けよりはずっと小さい、2005年11月現在まだ閉鎖中


北西部からデスバレーへ

デスバレー国立公園はラスベガスを基点に日帰りや1泊ツアーが多く出ていることもあり、日本から訪れる観光客も多い。園内へは東西南北どの方角からも道が通じていてアプローチが可能である。が、実際大多数の(ことに日本からの)来園者は東のラスベガスから公園を訪れる。ラスベガス観光のひとつとして日帰りツアーのバスでやって来て、写真をパシャパシャ。「やー広くて殺風景だね。しかし暑いな、早くホテルに帰ろう。ビールが……」というのが典型的なパターンだ。いくら「日帰り観光にはうってつけの近さ」だからといっても、砂漠のラスベガスからデスバレーでは内湯から露天風呂へ移るようなものだろうと思う。しかも太陽が天中するころに谷に入るのだ。もったいないことであるが、感動が薄くなるのも無理もない

バロー岬
▲公園内には舗装されたメインのハイウェイのほかに多くの未舗装道路、4WD専用の道路がある。そのひとつWest Side Roadを走っている時、尖った石を踏み抜いて一瞬でパンクした。タイヤを付け替える間、ほかの車は1台も通らなかった


我々の住む北西部からは緑の回廊がデスバレーまで通じている。カスケード・シェラネバダ山脈の東側の谷だ。途中には素晴らしい見どころがいくつもある。これを通りカリフォルニア州のローン・パイン(Lone Pine)から東へSR136を通って入る。これがデスバレーへの最高の入り方であろう。そしてネイチャー・ショックの正しい受け方でもあるに違いない。そのネイチャー・ショックとは「“原始の地球そのもの”の地肌にじかに触れた時の驚き」と言い換えることもできる。その感覚は"Down to Earth"の感動に通じていると隊長は思っているのだが……。

Information【デスバレー国立公園内のスポット紹介】
主な観光スポットや宿泊、キャンプ場の情報については『地球の歩き方 アメリカの国立公園編』などの日本語のガイドブックに紹介されている。道路やトレイルなどの状態は工事や天候などで変わるので国立公園局の公式ホームページ(右記ウェブサイト1項目)をチェックしてから出発し、現地に着いたらまずビジター・センターに立ち寄って最新の情報を得る。
以下はガイドブックにないおすすめスポットの紹介。

■ゴールデン・キャニオン(Golden Canyon)トレイル
隊長のイチオシ。公園中心部ファーネス・クリークの南にあるセルフ・ガイデッド・トレイル。往復2マイル、標高49メートルで高度差91メートル。歩行約2時間。ファーネス・クリークのビジター・センターでトレイル・ガイド($1)を手に入れよう。このガイドには、トレイルの各スポットの景観がサインの番号順にわかり易く説明されている。デスバレーの地形の成因やさまざまな鉱物のこと、土地の侵食についてなどが写真入りで解説されている。
このゴールデン・キャニオン・トレイルの折り返し点からさらに0.5マイル足を延ばせば、上部の岸壁帯レッド・カテドラル(Red Cathedral)の基部へ登ることができる。また右へさらに2マイル登るとザブリスキー・ポイント(Zabriskie Point)の駐車場へ到達する。

■クロライド・クリフ(Chloride Cliff)とアガベリー・ポイント(Aguereberry Point)
この2カ所はダンテス・ビュー(Dantes View)の言わば対岸に当たるデスバレー西岸のビュー・ポイント。 ストーブパイプ・ウェルズ(Stovepipe Wells)よりSR178を南に向かい、それぞれ未舗装路に入る。できるだけクリアランスの高い4WD車がお勧め。

■レーストラック(The Racetrack)
公園の北西部にある不思議な景色。アプローチはかなりの悪路であり、往復に時間がかかる。かつての湖底にある最大300キロほどの岩石群がまるで巨大な磁石で吸い寄せられたように筋を描いて滑った跡が残っている。風速70マイル以上の強風が岩を押すという説が有力だが、岩が動くところは誰も見ていない。

【注意事項】
■トレイルを歩く際
できれば朝の涼しい、谷が日陰になる時間帯に歩くのがベスト。日が傾く夕方でも日差しは避けられるが、日暮れと共に暗くなるので戻る時間を念頭に置いて行動する。しっかりした靴を履き、暑さと日差し対策を入念に。地図、トレイルマップ、磁石、ライトを持つ。水は必ず十分に持つ。

■ドライブ時
旅行に出る前に車の点検と整備は入念に行おう。メカに確信の持てない車でデスバレーに入ることは避けたい。未舗装路を走る場合はスペアでなく標準タイヤを2本積んで行くのがいい。グレーダーがならした後の未舗装路を行く時は、砕石が立っているため細心の注意が必要である。長い坂道の要所要所の道路脇には冷却水補給用の大きな水槽が設置してある。車にも水を積み置くと共に車のオーバーヒートへの対処の方法を心得ておく必要がある。

【ウェブサイト】
■デスバレー国立公園
道路情報、レンジャー・プログラム、園内の写真、地質など、必要な情報のほとんどがある公式サイト。
ウェブサイト:www.nps.gov/deva/

■デスバレー国立公園ページ
民間運営による公園内外のポータルサイト。ハイキング、ドライブ・コース、キャンプ、ホテル、動植物、ゴースト・タウンなどの情報がある。
ウェブサイト:www.deathvalleyphoto.com

■Deathvalleyphoto.com
風土やパノラマ、人物など、デスバレー周辺の景観に題材を追い続ける芸術写真を掲載。カラーとモノクロで展開している。
ウェブサイト:www.death.val
ley.national-park.com

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイト:http://c2c-1.rocketbeach.com/ ̄photocaravan