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フッド山ー美しい、母のような山

アメリカ・ノースウエスト自然探訪2006年05月号掲載| 文・写真/小杉礼一郎

旅を終えポートランドに帰りつくと
美しい山が「おかえり」と迎えてくれる。
それはいつも心の空きっ腹を満たしてくれる。

フッド山
▲ポートランド空港へ降り立った人々に「いらっしゃい」「お帰りなさい」とメッセージを送っているかのようなフッド山

深い懐に抱かれて遊ぶ山

ノースウエストに住む私達が「この地のどこが好きですか」と尋ねられたら、「緑だ、空気だ、自然環境だ」と思いつくままの言葉で答えるだろう。携帯電話が高性能化したほどには、生き物である人間の心は変わっておらず、心の深いところでは実際の世界(自然)での自分のいどころを確かめ、そこに結ばれていたい気持ちがある。その気持ちを満たすものは、ある人にとっては潮騒だったり、またある人には朝夕の鳥のさえずりだったり。あるいは山というランドマークがそうであったりする。
 
「ふるさとの山に向かいて言うことなし。ふるさとの山はありがたきかな」(啄木)
 
フッド山(※1)は地元の人々にとってまさにそんな心の寄りどころ-慈母のような-となっている。それはただ眺めるだけの山ではないからでもある。
 
「オレゴン州の最高峰3,426メートル(11,239フィート)。山容が美しい。北をコロンビア川が貫流して一大渓谷美を成している。中腹にはティンバーライン・ロッジが建っている。ポートランドに近く、オレゴン州の正面玄関の一大観光地」と、どの観光案内でも紹介されている。ガイドブック通りの行程を辿ったり、パッケージ・ツアーでなら、1日あれば上述のルートを回ることはできる。ただし、ほんの上辺だけだ。フッド山の本当の魅力はその深い山懐に抱かれ童心に返って遊ぶことにある。その懐の深みとは、山麓から中腹、山頂に至るまで、さまざまにこの山の空気に浸り切って遊ぶ場の多さ、森の深さである。

フッド山・山麓周辺の魅力

カスケード山脈はブリティッシュ・コロンビア州の南からカリフォルニア州の北まで、沿岸部と内陸部を隔てている天然の衝立となっている。この南北600マイル(約1,000キロ)の真ん中で、ただ1カ所フッド山の北でコロンビア川がこの山脈を貫く。そこがコロンビア・ゴージである。重厚な山脈がスパッと断ち切られているところからアメリカでも有数の美しい滝がこの渓谷に多く見られる。日本は山国なので滝には「目の肥えた」人達が多いけれども、足回りを整えカメラを携えて一滝一滝おもむきの異なる滝巡りをするのは楽しい。それだけで1日が過ぎてしまう。この渓谷はHwy.84を通れば1時間余りで通過してしまうが、1930年代にできた旧道を通るシーニック・ドライブ(Columbia River Gorge National Scenic Area)は原生林の木漏れ日の中を走る気持ちの良い全米屈指のドライブ・コースである。滝巡りにはもっぱらこの旧道を通る(INFORMATIONの欄を参照)。コロンビア・ゴージの見どころは滝だけではないので、また別の機会に紹介する。

マイマ・マウンド
▲フッド山山麓の林間に広がるお花畑


フッド山を軸に時計回りに進もう。フッド・リバーは明るく開けた谷と台地に果樹園が広がる桃源郷である。春から秋にかけて西洋ナシ、桃、チェリー、杏、リンゴの花と果物が楽しめる(※2)。

Hwy. 35が通っているフッド山の北東斜面から眺める山の北面は人を寄せ付けぬ険しさを見せている。道は山の東を回ってHwy. 26と合流する。その西がフッド山の玄関と言えるガバメント・キャンプ(Government Camp)。山の中腹の森林限界線(Timberline)に建つティンバーライン・ロッジを建設する時の拠点となった。現在はフッド山で行えるあらゆるスポーツの拠点であり、一大リゾート宿泊地となっている。

ガバメント・キャンプからHwy. 26を西に向かうルートがかつてのオレゴン・トレイルのバロー・ロードである。麓の街サンディー(Sandy)はその宿場街のひとつだ(※3)。ここまではこの山の麓の街や村についてのあらまし。

植物、湖、スノー・パラダイス

カスケードに連なるほかの山と同じく、フッド山山麓には米松(Douglas Fir)やツガ(Hemlock)の堂々たるオールド・グロス(Old Growth)の原生林が広がっている。林間にはトラウトが棲む清流が流れ、大小の湖沼が点在する。主だった湖はロスト・レイク(Lost Lake)、トリリアム・レイク(Trillium Lake)、クリアー・レイク(Clear Lake)、ティモシー・レイク(Timothy Lake)など。原生林に囲まれたこれらの湖にはいずれもフッド山の秀麗な姿が映り、釣り、ボート、キャンプ、トレイル・ウォークに格好の環境である。冬はこの林間を縦横にクロスカントリー・スキーで巡ることができる。山麓から中腹にかけて見逃せないものは春から秋のお花畑と天然のベリーだ。前述したそれぞれの湖畔に花がまず咲き始め、東のルックアウト・マウンテン(Lookout Mt.)、ティンバーライン・ロッジから行くティンバーライン・トレイル(Timberline Trail)、北面のビスタ・リッジ(Vista Ridge)では針葉樹林の濃緑とコントラストを成す色とりどりのお花畑が広がる。南麓のジグザク(Zigzag)にあるフォレスト・サービスのレンジャー・ステーションの周囲は、北西部の主だった樹木と50種以上の石楠花が咲く「ワイ・イースト・シャクナゲ園(Wy’Est Rhododendron Garden)」になっている。

フッド山
▲フッド山の頂上直下の雪面は登るにつれて傾斜を増してくる
フッド山
▲山頂の眺め<


山麓には大中小5つのスキー場がある。ここの雪は海に近いことからパウダー・スノーと言う訳にはいかないが、特にティンバーラインのスキー場の特徴は1年12カ月のうち10カ月間滑走可能ということだろう。遠くカスケードの青く連なる山並みを見ながらの春スキー、夏スキー、晩夏スキーは……最高だ。

八面六臂の働き フッド山国有林

フッド山周辺の自然を守り、エリア内のさまざまな商業活動を監視し、訪れる人達に山や森とのいろいろな機会を提供してくれている、「ここが機能しなければフッド山は我々の山でなくなってしまう」というまさに要の機関がある。それが、フッド山国有林(Mt. Hood National Forest、MHNF)だ。上述の滝巡りのトレイルからキャンプ場、ティンバーライン・ロッジでのインタープリテーション(解説)までをやってのけている。それだけではない。秋には松茸採りに、冬にはクリスマス・ツリーや薪を採りに山に来る人達の世話もする。林道の保守管理も重要な仕事である。そしてこれだけ人が入り込む山を森林火災から守らねばならない。エリア内のスキー場全般の監督だけでなく、スキーやスノーボード、小さな子供達と家族が楽しめるようにチュービングやそり用ゲレンデも整備している。もちろんハイカーや登山者の便宜と安全を確保する仕事や林内の温泉の湯加減まで、彼らはフッド山の何でも屋さんである。隊長も同類(林学専攻)のよしみだから言うわけではないが「MHNFよ、ようやっとる」と褒めたい。

フッド山
▲トリリアム・レイクから眺めるフッド山


火山と暮らす

100キロ/100キロ/80キロ。

これは身近な都市と火山(都心と火口)、すなわち東京⇔富士山、シアトル⇔レ二ア山、そしてポートランド⇔フッド山との距離で、この三山とも前科者、つまり過去に噴火したことのある休火山である。この指呼の近さが、ある日山が目覚め、本格的に噴火する際には何らかの被害を及ぼす距離でもある。溶岩流や火山弾など噴火そのものの被害はないにせよ、地震、火山泥流、降灰が予測されている。しかし、都市を造る社会的生き物(=人間)にとっては海であれ、川であれ、山であれ、人智の及ばぬ自然の姿-美しさも荒々しさも-を目近にして生活することは、いろんな意味で良いことだと隊長は思う。

日本人は有史来、海辺、火山の周りに棲んできた民族だ。一朝自然が猛り狂う時に逃れる術や地は少なかった。そのことが、前世紀までの日本人の精神の深いところへ「天地(あめつち)への畏れ」を刷り込んできたことは想像に難くない。一方、アメリカ人には先住民を除き、そのような自然への畏怖の感情は少ないか、あるいはこだわりはない。「我々は自然に挑みこれを馴致できるだろう。ダメならほかへ行くさ」という楽観がある。

フッド山の一番最近の噴火は1781~1782年。それから23年後、ルイス&クラークの一行がこの山の麓を東から西へ通り、また帰って行った。その後、西からはコロンビア川を遡り、東からはオレゴン・トレイルを通って陸続と人々がやって来る。森を切り開き、畑を作り、産業を起し、次第に街ができ上がる。その歴史はわずか200年。ポートランド一帯は噴火も大きな地震も未経験の街である。もちろん現在もフッド山はほかのカスケードの火山と同様の観測・警報システムの下にある。57人の死者を出した今から27年前のセント・へレンズ山噴火時に、すでにそのシステムは整っていた。しかし、あの大噴火と被害は“予測を超えた”というのが公式な見解である。地震と火山活動の予知はまだ端緒に付いたばかりだ。だがその教訓は生かせるだろう。

フッド山の“小さいながら”存在する変形クレーターの雪面の下からは、絶え間なく白い火山ガスが噴いている。山頂直下まで登ると目近に見えてくるそれは、まるで山の寝息のようである。この母がいつかまた眠りから覚める時は、私達は上手にいなしたい(?)ものだ。寝起きは誰だって時に不機嫌なものだから。

※1:古来フッド山は先住民の間では古いマルトノマ族長の名前に因んだWy’East(ワイ・イースト)と呼ばれていた。18世紀末にコロンビア河口を探検したイギリス人ジョージ・バンクーバーにより当時のイギリス海軍提督Samuel Hoodの名を冠せられMt. Hoodとされた。
※2:キャラバン#22 「桃源郷の谷・フッドリバー」参照
※3:キャラバン#4344「人間史のone-way オレゴン・トレイル」参照

フッド山
▲ティンバーライン・ロッジの完工祝賀の祝典にはルーズベルト大統領が訪れ、この場所でスピーチを行った
フッド山
▲石と木と鉄でがっしりと組み上がっている吹き抜けのティンバーライン・ロッジ中央ロビー
フッド山
▲ロッジ内のどこにいても重厚な木の質感に包まれる


Information【ウェブサイト】

■フッド山国有林

キャンプ場から登山、松茸狩りからクリスマス・ツリー・カッティングまで、あらゆるサービスに携わるフッド山のよろず承り屋。
Mt. Hood National Forest
ウェブサイト:www.fs.fed.us/r6/mthood/

■ティンバーライン・ロッジ
1936年から2年間を掛けて、雇用推進政策の一環の国策事業として建てられた。金具1個からカーテンまで手作りのロッジを建てるために500人以上の老職人達が働いた。館内外のどこに触れてもズンとした質感が伝わってくる。
Timberline Lodge
ウェブサイト:www.timberlinelodge.com

■フッド山登山とギア
フッド山へ登るにはアイゼン(クランポン)、ピッケル(アイス・アックス)、ザイル(ロープ)を使う雪上登山の経験と技術が必要。一般の登山者は専門の山岳ガイドと登ることは可能(以下の会社でも斡旋している)。技術的には難しくはないが、状態によって上部雪面にはクレバスができる。登山のベスト・シーズンは5~6月。
Timberline Mountain Guides, Inc.
ウェブサイト:www.timberlinemtguides.com

■コロンビア・リバー・ゴージ・ナショナル・シーニック・エリア
ここもフッド山国有林が管理する。コロンビア・ゴージ、ゴージ内のハイキング、キャンプ場の情報については以下のウェブサイトを参照。
Columbia River Gorge National Scenic Area
ウェブサイト:www.fs.fed.us/r6/columbia/forest/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。新規ウェブサイトは5月にアップの予定。