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水辺に集まる100万羽の鳥

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2007年04月号掲載 | 文・写真/小杉晶子

人間が自由に国境を越えて住むところを変えることは時に難しいが、
多くの動物は海、はたまた大陸を越え、生き延びるため、子孫を残すため、膨大な旅をする……。
この春、隊長に代わり小隊長の私が、ノースウエストに飛来するたくさんの水鳥を追ってみました。

1羽の飛来を待つ

ノースウエストの春。バード・ウォッチャー仲間のジャックと望遠鏡から目を凝らし、遠くの砂浜を眺めては「来ないねぇ」とため息をついていました。ここは、ワシントン州西部沿岸のロング・ビーチから少し北上したところにある、グレイズ・ハーバー国立野生動物保護区(Grays Harbor National Wildlife Refuge)。毎年4月下旬ごろになると、イソシギなど水辺にいる鳥の群れが、メキシコからアラスカ州への移動途中の休憩場所として、ここワシントン州沿岸に立ち寄ります。小さな湾に100万羽、いえ、それ以上の鳥が、砂浜にいる虫や貝などを懸命についばんでいる様子が、はるか遠くに見えます。
イソシギは、約8カ月をメキシコで過ごし、子育てのために1、2カ月をアラスカ州で過ごします。なぜ、たった1、2カ月のために、気の遠くなるほどの旅をするのでしょうか? それは、天敵と食料。5月ごろになると、短いアラスカ州の夏を生き抜こうと、虫が一気にわきます。それを狙って、鳥もまた飛来します。そのうえアラスカ州は天敵が少ないので、鳥にとって子育てに最適な場所なのです。
ジャックは、世界中あちこちを旅して動植物の写真を撮るのを趣味にしている、ちょっと変わったアメリカ人。毎年、1カ月の休みを取って、世界の奥地へと旅行し、たくさんの写真を撮ったり、地元の不思議な食べ物に挑戦したりと、異文化にもどんどん入って行きます。週末には、大きな望遠鏡とカメラを担いで、積極的に山や川へと足を運んでいます。環境問題に関心のあるジャックは、いつもバイオ・ディーゼルで走らせる古い型のベンツで、ブンブンガタガタと音を立ててやって来ます。そのジャックが今か今かと待っているのは、目の前にいるイソシギではなくて、超豪速球並みのスピードで獲物を取るハヤブサの出現です。

イソシギイソシギ
▲1羽のイソシギが危険を察して飛び立つと、それに続いてたくさんのイソシギが一斉に飛び立つ
イソシギ
▲浜辺で虫や貝などを懸命に探しているイソシギ。時々、隣同士で突き合うことも



黒い塊

話は2年前にさかのぼります。初めて私と夫がこの野生動物保護区にイソシギを見に来た時のことです。その日は天気が良く、暖かな風が太平洋からそよそよと湾中に吹きそそぎ、何百万羽ものイソシギが忙しく虫をついばんでいました。そこへ、静かな空気を刀で断ち切るように、1羽のハヤブサが空中で旋回を繰り返しながらやって来ました。と、同時に100万羽のイソシギは、わっと一斉に飛び立ち、瞬く間に黒い大きな塊になって広い空の中を形を変えながら、ハヤブサから逃れようと旋回します。
ハヤブサは、1羽でもその塊の中のイソシギを捕獲しようと、必死で黒い塊の中へと突っ込んで行きます。黒い塊は、まるでひとつのモンスターのように大きくなったり、ふたつに分かれたり、平たくなったり……空という大きなキャンバスの中でいろんな形を描き、行ったり来たりします。何と言っても驚くのは、イソシギの黒い塊があちらこちらへと飛ぶ音。黒い塊が形を変えるごとに、ブゥオーン、ブゥオーンとたくさんの羽が空気を切る音。例えるなら、昔懐かしいゴム動力でクルクル回るおもちゃから出る音そのもの。イソシギの1羽1羽が出すその音が、100万羽の音になり、空中の空気を一気に斬るのです。すごぉ~い! そこにいた、たくさんのバード・ウォッチャーの人達も、声をそろえて「おぉぉ~」と唸っていました。
これはブルー・エンジェルスの編隊飛行にも勝る、まさに自然が作る最高のエンターテインメント。これを幸運にも見られたことが何よりうれしかった……という話をジャックに何度か聞かせたことがありました。「それを見たい!」とポンと膝をたたいたジャックは、今回、シアトルからこの場所へ、オンボロのバイオ・ディーゼル車ではるばる3時間掛けてやって来ました。しかし、目の前に何百万羽のイソシギはいるものの、ハヤブサはやって来ません。静かな時間が過ぎて行きます。暇つぶしに、めずらしくもない青サギやほかのサギを見たり、隣のバード・ウォッチャーと今まで見た鳥の自慢をしたりしていましたが、それでも一向に現れません。これが、バード・ウォッチングというものです。待つとヤツらは来ないのです。双眼鏡がカバンに入っている時ほど、めずらしい鳥が目の前を飛ぶのです。
数時間、そこで頑張ってみたものの、やはりハヤブサはやって来ませんでした。「あぁ、あれは、ビギナーズ・ラックだったのねぇ~」なんてジャックに言いながら、次の楽しみへと車に乗り込みました。

イソシギ
▲シアトルではどこでも見られるカモメ。結構頭が良く、獲物を横取りするなど、カラスといい勝負
イソシギ
▲少しめずらしい緑のサギ、ミドリササゴイ。浜ではなく、岸に近い草むらの中にいることが多い


凧揚げ

まぁ、そんなこともあろうかと、次に予定として組んでいたのは「凧揚げ」。ここは、太平洋からの強い風がひっきりなしに吹き付けます。それを利用して、この地域では毎年大きな「凧揚げ大会」が開催され、いろいろな形や色の凧が広い空に舞い上がります(いつか和凧をそこで揚げるのが、私のひそかな夢)。私達はビーチに行き、持参していたビニール製の凧を揚げることにしました。近くには、凧専門店なんかもあって、のぞいてみるのも面白いものです。普通の凧からスポーツ凧、凧糸も1本のものや2本で操るもの、スピードを競うもの、回転させるなど技術を競うもの、いろんな凧があるのです。風は強いので、走って揚げなくても、その場ですっと揚げられます。小さい子供達も上手にたくさん凧を揚げていました。とてもシンプルな遊びだけれども、大人も子供も実に楽しく遊べるものです。
近くの海辺の小さいレストランで昼ご飯を食べて、最後の楽しみへと突入することにしました。ソルト・ウォーター・タフィー(Salt Water Taffy)というキャンデーのお土産です。アメリカ人に言わせると、海辺の町では必ず売っていて、子供のころの楽しみでもあったそうです。軟らかい、ねっとりとしたキャンデーで、今ではスーパーマーケットのキャンデー売り場に行けば、いくつかは買えるようになっていますね。しかし、ここでは、100種類ほど違った味のものが売られており、ひとつひとつ自分の好みの味のものを袋に入れて、あれやこれや言いながら買うのも楽しいものです。店内では、機械がキャンデーの塊をいったんヌゥゥゥーッと伸ばしてから、ひと口サイズにチョンチョンと切っていく過程を見ることができます。子供達も窓ガラスにへばりついて、その過程をじぃぃぃっと真剣に見つめています。ジャックもハヤブサが見られなくてとても残念がっていましたが、凧を揚げ、そしてソフトクリームを片手にキャンデーを袋にいっぱい詰めて満足そうです。
バード・ウォッチングは、毎回新しい鳥や期待していたものが見られるわけではないのですが、運が良い時は、自然の営みを瞬間的に自分の目で見て、全身で体感できます。日常を忙しく過ごしていると、周りに目が行かないことがありますが、バード・ウォッチングをすると、なんだか自分の住んでいる世界と全く違った世界があり、自然の中の動物はたくましく生きていて、それを見ていると自分の日常の心配事なんて、とってもちっぽけに思ってしまうこともあります。帰りは「また来ようね」と言いながら、再びジャックの車でブンブンガタガタと高速道路をシアトルへと走りました。

イソシギ
▲青サギは、サギの中でもいちばん大きいサギ。優雅に飛ぶ姿は非常に美しい
イソシギ
▲ハマシギは、イソシギのグループの中にもたくさん交じって、一緒に行動している
イソシギ
▲千鳥は、かなり縄張り意識が強く、気も強い


Information

■グレイズ・ハーバー国立野生動物保護区
ホクイアムからオーシャン・ショア方面へHwy. 109を西に向かう途中にある。4月27日(金)~29日(日)には、今年で12回目を迎える「グレイズ・ハーバー・ショアバード・フェスティバル」が行われるなど、この時期は多くのイベントが開催される。
Grays Harbor National Wildlife Refuge
ウェブサイト:www.fws.gov/graysharbor/
Grays Harbor Shorebird Festival
ウェブサイト:www.shorebirdfestival.com

■ロング・ビーチ
グレイズ・ハーバーから少し南下した場所にあるビーチ。凧揚げ大会が有名で、今年は8月20日(月)~26日(日)の1週間行われる。
Long Beach Peninsula
ウェブサイト:http://funbeach.com
Washington State International Kite Festival
ウェブサイト:www.kitefestival.com

■グレイズ・ハーバー・オーデュボン協会
アメリカ版“野鳥の会”グレイズ・ハーバー支局。鳥のことなら何でも教えてくれる。ウェブサイトでは、バード・ウォッチングのスポットが確認できる。
Grays Harbor Audubon Society
ウェブサイト:www.ghas.org

■ウィラパ国立野生動物保護区
ロング・ビーチ近くにある野生動物保護区。ここでも、水辺にいるたくさんの鳥を見ることができる。
Willapa National Wildlife Refuge
ウェブサイト:www.fws.gov/pacific/refuges/field/wa_willapa.htm

Akiko Kosugi Phillips
サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップ 、エドモンズ市の公園課を経て、現在は「小杉剪定サービス」の剪定ビジネスを営業。『ゆうマガ』の姉妹ウェブサイト「YOUMAGA.COM」でブログを連載中(http://blog.youmaga.com/gardening/)。