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ノースウエストの海と魚(2)魚達の話(前編)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年04月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

北西部の海が世界の海とつながっているように
今や私達の食生活も世界の食文化と密接に結び付いている。
今回はなんと、代表的な世界魚、サケ・タラ・マグロから隊長がずばり「話」を聞くことになった!?

シアトルのフィッシャーマンズ・ターミナル
▲これらはタラの巻網漁に使う魚網であろうか。シアトルのフィッシャーマンズ・ターミナルには魚網を収納する倉庫がたくさん並んでいる
3本マストのスクーナー船(帆船)Wawona号
▲ユニオン湖に浮かぶ、1897年に建造された3本マストのスクーナー船(帆船)Wawona号。当初は木材運搬船、のちにベーリング海でタラ漁の漁船の母船として使われた
Sea Lion(トド)
▲漁船からの魚のおこぼれを狙っているSea Lion(トド)。コロンビア川では産卵に遡上するサケを獲ることから、保護のためにライフル銃で駆逐(=射殺)されている


~プロローグ~ 隊長、竜宮城へ

とんでもない底なし沼である。このシリーズ「ノースウエストの海と魚」を書き始めたズブの素人(=隊長)が困りきっていたある夕方、海と魚の助っ人Aさんから電話が入った。「言った通り、わからないことだらけだろう? 海のことって難しいんだから……。そんな時は魚から話を聞けばいいよ。……後で迎えに行くから。フッフッフ」と、Aさんは意味深に笑って電話を切った。慣れない資料や記事を読んで疲れたからか、異常に眠い。カウチで寝てしまったようだ。Zzz Zzz……。

いつの間にか日はとっぷり暮れ、Aさんの車で海に向かっていた。そして、またちょっとウトウトしたら、Aさんはいなくなっている。乗ってきたはずの車は“ネコバス”ならぬ“カメボート”になっていた。「どこへ行くの?」と寝ぼけて聞く隊長、「竜宮城だよ」とAさんの声でボートがしゃべる。「ピュージェット湾のいちばん深い所に“Moonbucks”というカフェがあるんだ。海の仲間は竜宮城って呼んでいるけどね。そこで隊長が魚達から話を聞けるように集まってもらったのさ」

カメボートは海の中をスィー…と下っていく。ほどなくして御殿のような構えのカフェに着いた。「ようこそお越しくださいました」。門の奥で妙齢の女性が出迎えてくれる。「あの、やっぱり乙姫さまですか?」と間の抜けたことを聞く隊長。「私はPrincess NoWe。ノウ姫です」と答える彼女の額には、某コーヒー・チェーンのロゴにある、あのティアラが……。どこかで会ったことがあるような、と思いながら、じっとノウ姫を見る。「このカフェはノースウエストの海の生き物達の種霊が集う場なんですよ」「はぁ、“種霊”?」「ええ、魚やクジラ、アザラシなんかの種=ファミリーの霊ですわ。霊といってもその種が続く限りある生霊=スピリッツです。隊長の話はAさんから伺っております。今夜はサケとタラとマグロの種霊に来ていただきました。どうぞごゆるりとお話しなさってください」。立ち去り際、チラッと隊長に醒めた流し目をしたように思えた。「しっかり聞いときなさいよ」というメッセージが直接頭に入ってきた。え?と思った隊長だが、その時サケ、タラ、マグロの種霊がワッと話し掛けてきた。

「あなたは何? タイチョー? 鯛の長(おさ)かい? 何鯛だ? キャラバン鯛? 知らんなあ。え?

人間? なんだ早く言え」とポンポンまくしたてるのはマグロの種霊。一代で財をなした実業家という雰囲気だ。「よー来たね」と言うのは、ニコニコ気さくで朴訥な感じのタラの種霊。サケの種霊は、古武士か誇り高いインディアンの戦士のような空気を醸している。ざっとこんな面子で珍対談が始まった。

東京・築地市場でさばかれるマグロ 東京・築地市場でさばかれるマグロ。ここには世界中のマグロが集まるが、アメリカ北西部の海で上がるマグロはほとんど白マグロ(Albacor Tuna)なので、もっぱら地場で消費される©Princess NoWe
フィッシャーマンズ・ターミナル
▲大小数百隻もの漁船基地となっているフィッシャーマンズ・ターミナル。
ユニオン湖に続く淡水の漁港であり潮の満ち引きも時化の心配もない良港
サーモンの缶詰工場
▲アストリアのコロンビア川河口に80年代まで隆盛を誇ったサーモンの缶詰工場の跡


マグロの嘆き

「のっけから気のめいる話はしたくないんだがよ、本当のことだから聞いてくれ、鯛長。あのな、この半世紀で世界中の海の大型魚、つまり我々さ。これが90%も数が減ってしまった」と真っ先に話し出したのは、今や世界で人気ナンバー1の高級魚、マグロだった。そしてサケ、「海は“無尽蔵”とずっと思っていたんだね。以前の船と漁法なら、確かにそうだった。人口も少なかったからな」「そう。上手に捕っていけば利子だけで何世代でも食べて行けたものを、元金まで食っちまったらどうしようもないよね」とタラも語る。

3人共饒舌だ、と思いながらメモを取る隊長も、次のひと言にはペンが止まってしまった。
マグロ:「乱獲だけが原因じゃない。環境汚染、気候変化もある。今のペースで海洋資源の減少が続けば2048年には残りも全部消えてしまうだろう※1。以前は日本人だけだったよ、私達を追っ掛けてたのは。やがて90年代の寿司ブームが来た。でも、ありゃブームじゃなかったな、ブレイクだった。今やもう、世界中の船がマグロを追っ掛けてる。アメリカのステーキ屋だってアペタイザーにマグロのたたきを定番で出すようになったからな。でも、これだけ数を減らしてしまっちゃあ、第1ピリオドはお終いよ。誰が勝ったって? 全員負けたのさ。今は厳しい漁獲制限の時代に入ったな。それが効を奏するかは、これからわかる」

サケ:「でもな、マグロよ。お前は人間を見ててどう思う? 悪いが私に言わせると、お前は半世紀前までは下魚だったじゃないか。船や冷凍庫、探知機などが発達したから、マグロが日本の庶民の口に入るようになったんだろう? 人間の技術と欲でお前は高級魚に祭り上げられ、追い回され、数を減らしてきたんじゃないか。“厳しい漁獲制限”って言うけど、それは漁業者の見方で、研究者は「それでも捕り過ぎだ、このままなら生息数は枯渇する」と言っている。しかし、知ってるだろう。違法漁獲や虚偽報告、規制の裏をかく数々の手口を。モラルがないのは開発途上国ばかりじゃないぞ、オブザーバーが船に乗り込まない限り、日本の船だってさんざん違法行為してるんだ。連中は目先の水揚げしか見ていない」

マグロ:「うーん。かなり当たっているよ。でもな、今は第2ピリオドってわけ、これはひと言で言うと“養殖”の時代だな。これが、実際は本当の養殖ではなく、マグロの子供を捕まえて、いけすで餌を与えて太らせる“畜養”という方法だ。おかげで若い個体が過剰に捕獲されている。そしてマグロを1キロ太らせるためにイワシやニシンを10~20キロ与えるなど、いろいろ問題があるんだ。ただし、いちばんマグロを多く消費している日本が、完全養殖の実現に向けて研究を進めているよ。これが実現すれば種の絶滅は避けられるかもしれないな」 

タラのぼやき

「おふた方は、私なんざ足元にも及ばない高級魚だ。でもね、我々タラ一族こそ、今の人類の食生活の一端を海から支えていることも知っていて欲しいな。上流階級はどうか知りませんよ。でも、今の世で世界中の一般家庭の食卓から私達タラが姿を消したら、大変なことになるんです。私達は古くからヨーロッパの漁業の主役でしたからね。イギリスの国民食、フィッシュ&チップス、ハンバーガー・ショップにも、必ずフィッシュ・フライはあるでしょう。日本のおでんの具、チクワやハンペンにもタラのすり身が入っています。それにカニカマボコ(イミテーション・クラブあるいはイミテーション・ロブスター)は、カリフォルニア・ロールやサラダに欠かせません」

「タラさん、何も卑下することないよ、銀ダラおいしいよ。タラ汁最高だよ」と隊長。

「ありがとうございます。でもね鯛長、残念ながら銀ダラはアイナメやホッケの仲間なんですね。タラ汁はいいですね。漁を終えた船が浜へ帰ってくる。浜では女衆が総出で焚き火をし、大鍋にお湯をぐらぐら煮ている。船が近付いたら味噌を溶く、いよいよ船が砂浜に着く前にオトウチャンが捕れたてのタラを船から浜へ放る。オカアチャンはそれを拾い上げ、波で洗う。出刃包丁でぶつ切りにして鍋へドンドン放り込む。最後に肝臓を揉みつぶして汁に入れ、うま味をつける。刻みネギを散らしたらでき上がりだ。とにかく早い、安い、うまい。これに漬物があればオニギリが何個でも食える」。マグロ:「おいおい、ほっぺがムズムズしてきたぞ」。サケ:「そうか、それって地産地消料理※2の典型だな。確かにうまい、まずいはお金だけじゃ計れないってな。わかった。頑張れタラ」

タラ:「それが聞いてください。我々も漁獲量は激減しているんです。タラ漁は過去のこと、今じゃ大西洋のタラは絶滅危惧種です。カナダの東岸でタラが禁猟になってから10年以上経ちますが、生息数は戻りません。食物連鎖を中心にした海の生態系が変わってしまったような気がしますよ」

マグロ:「長年の捕鯨禁止でミンク・クジラが増え過ぎて、大量にタラを捕食しているってな。でも世界のタラの3割を消費する英国なんかでも、捕鯨再開にはならないとか。なぜならクジラは哺乳類ってね。代わりにアザラシを捕ろうとか言ってるよ。あっちだって哺乳類なのにな。なんか人間が海をいじり出すと、もうグチャグチャだな」

タラ:「今は太平洋、この米北西部の海がタラ争奪戦の主戦場で、世界中の漁船が集まってきていますよ。ここでも大きいタラ、つまり真ダラは激減して、今、皆がいちばん捕っているのは小さなスケソウです。英語では、真ダラはCodでスケソウはPollockだから、これが同じタラと言えるかどうか?」。サケ:「少なくとも我々大型魚の仲間とは言えないな」。マグロ:「でもこれからは、スケソウやニシン、サンマ、イワシなどの中小型の連中に活躍してもらうしかないようですな」    (次号へ続く)

※1 2006年11月に欧米6カ国の研究チームが発表した。
※2 その土地で生産収穫された野菜、果物、肉、魚介類などの食べ物をその土地で消費するのが理想的という趣旨のライフ・スタイルの一環。

Information

■国立海洋大気圏局/NOAA
アメリカ連邦政府商務省の機関。水産漁業に関してはNational Marine Fisheries Service(海上漁業部)が管轄している。各年の漁獲高、漁獲割当は、以下で閲覧できる。
ウェブサイト:www.noaa.gov/fisheries.html

■日本水産庁
世界最大と言われる水産資源消費国日本、水産漁業の総元締めは水産庁。統計資料のみならず、マグロの話、捕鯨のこと、“漁師になろう”など、一般向けのわかりやすい解説もある。
ウェブサイト:www.jfa.maff.go.jp

■(財)世界自然保護基金/ WWF Japan
海洋の水産資源の減少や枯渇、沿岸域の自然破壊などの海の危機、持続可能な漁業についての解説。マグロ、サケ、タラなど魚種別に見る水産資源の現状と問題を適宜な図表を入れ、わかりやすく解説している。
ウェブサイト:www.wwf.or.jp/activity/marine/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。