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ノースウエストの身近な自然を知ろう!「ナナカマドって?」

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年11月号掲載 | 文・写真/小杉晶子

日本で身近な樹の名前は知っていても、ノースウエストのものは、案外知らないことが多いんですよね。アメリカの箱庭と呼ばれるほど、青々とした樹木で覆われているノースウエスト。今回は「ナナカマド」を紹介します。

真っ赤な実

ノースウエストの森や公園では、8月の終わりごろから真っ赤な実を付け始める西洋ナナカマド(European Mountain
Ash、別名:Rowan / 学名:Sorbus Aucuparia)の樹をよく目にします。「あっ、うちの裏庭にもある!」という方も多いでしょう。西洋ナナカマドは、ヨーロッパから園芸種として北米に入りましたが、今はノースウエストやイーストコーストでは「繁殖が強過ぎて自生種を脅かす外来種」として扱われています。これを「Invasive Species」と呼びます。

「そろそろロビンがどんちゃん騒ぎをする季節だね」と夫。そうです。西洋ナナカマドの実は秋口からゆっくり熟していき、10、11月あたりから発酵し始めます。それを「待ってました!」とばかりに野鳥のロビンが我れ先に競って食べているのです。「この季節は樹の上でうつろな目でフラフラとしている、食べ過ぎたロビンの姿を目撃するかも」なんてことを園芸学のクラスの先生が笑いながら言っていたことを思い出します。

日本のナナカマドは極上の備長炭?

さて、日本のナナカマド(Japanese Rowan / 学名:Sorbus Commixta)は、主に山間部、東北、北海道などの涼しい地方に多く分布しています。名前は「7度かまどに入れても燃えない」ことから由来しており、昔から備長炭の材料として利用されていました。火力が強く火持ちが良いことから、極上の備長炭として扱われていたそうです。

日本で登山をしていた方や北日本に住んでいた方にとっては、懐かしい樹のようで、関西で育ったわたしは、残念ながらこの樹についての記憶はないのですが、北陸から北になると、街の街路樹や庭木にも使われているそうですね。

北欧では料理に使用

庭の手入れをさせてもらっているノルウェー人のおばあさんと、いつだったか西洋ナナカマドの前でおしゃべりをしました。会話の合間に混じるノルウェー語が、なんとも魅了的なおばあさん。「この樹、英語でなんて言うのかわからないけど、ノルウェーではこの実を取ってジャムを作るのよ」とおっしゃっていました。

もともとこの西洋ナナカマドは、ヨーロッパ、西アジアの自生種なので、古くからヨーロッパではさまざまな用途で利用されていたそうです。特に北欧では、公園の街路樹、家具材、食材、魔除けの樹、そしてご神木にもなり、鹿料理などには、この西洋ナナカマドの実を乾燥させたものがスパイスとして料理に使われます。「ピンク・ペッパー」と言えばおわかりになるかもしれないですね。

Rowanと呼ばれる別名は、古いスカンジナビア語からきており、「赤い」という意味だそうです。そんな予備知識があると、近所に雑草のように生えているこの西洋ナナカマドの後ろに、遠いスカンジナビアの文化が見え隠れするようで不思議な気持ちになりました。

ノースウエストのナナカマドは?

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では、わたし達が住んでいるノースウエストには、自生種のナナカマドがあるのでしょうか?
答えは「あります」。ただし、高地に。ノースウエストの自生種シトカナナカマド(Sitka Mountain Ash / 学名:Sorbus sitchensis)は、わたし達が住んでいる低地ではなく、レニア山、カスケードなどの山間に自生しているのです。

シアトルの紅葉も終わりに近付く晩秋、シトカナナカマドを探して山へ行ってきました。きっと2、3日前に降ったと思われる白い雪が足元にフワフワ。ここは、ノース・カスケード・スカイコミッシュにほど近いハイキング・トレイル「トンガ・リッジ」です。

舗装道路から砂利道を車で上がって1時間弱の所にハイキング・トレイルの入口があります。ハイキング・シーズンもほぼ終わりだったので、この日は人っ子ひとりいませんでした。

暗~い針葉樹の森をハイキング犬ハチと進んでいきます。足元には、真っ赤に色付いたブラック・ハックルベリー(Black Huckleberry/ 学名:Vaccinium Embranaceum)が最後の紅葉を見せてくれているようできれいでした。「このベリーは、ハックルベリーの中でも極上においしくて、クマの大好物なんだよねぇ……」とつぶやく私。「クマもそろそろ冬眠の前にたくさんのエサを求めて歩き回ってんじゃないの?」と夫。その瞬間、クマ除けスプレーを持ってこなかったことを強く後悔しました。ハチを引く綱に「ぐっ」と力を入れながらのハイキングです。

少し気弱になって山道を進んで行くと、ふと赤やオレンジに染まった山肌に出ました。真っ赤な実と、赤や黄色に染まった小さな葉っぱ。1メートルほどしかない低木が群生し、太陽の光を浴びてキラキラと輝いています。「これだ!」と思いました。シトカナナカマドです。思っていたよりも小さい樹で、こんなにきれいに紅葉するとは思いませんでした。これなら、わたしの庭にも欲しいなぁと思いましたが、山の上と低地は気候が違うため、わたしの庭では、きっとこんなに紅葉しないかもしれません。昼が近かったので、シトカナナカマドの群生の中によっこらしょっと腰を下ろし、冷たくなったサンドイッチをほおばりながら、温かいコーヒーをすすりました。

ヨーロッパや日本のナナカマドは、人の生活に多く利用されているようですが、ノースウエストに自生するシトカナナカマドは、Haida族を除き、昔からほとんどネイティブアメリカンには利用されていないようです。ノースウエストには、サーモンベリーを始め、たくさんの食用可能なベリーがあったため、ナナカマドまで食べようと思わなかったのかもしれませんね。それともこんな山深い所にしか育たないから、人とは無関係に時を過ごしていたのでしょうか。葉っぱに付いた水滴が、寒さのため凍ってキラキラしているシトカナナカマドを写真に収め、山を後にしました。

近所に生えている西洋ナナカマドと日本のナナカマド、そしてノースウエストのシトカナナカマド。元は同じ種族でも、住む環境が違ってくるとその様子も役割も変わることがわかりました。普段、気にもとめない西洋ナナカマドの、意外な文化背景や人間とのかかわりを垣間見ることができた、晩秋のシアトルでした。

リシア・パーク
▲西洋ナナカマドは近所のどこにでもある木
リシア・パーク
▲ノースウエストの自生種、シトカナナカマドの実
リシア・パーク
▲西洋ナナカマドの実は、ジャムにするのが北欧風
リシア・パーク
▲オレンジに紅葉したシトカナナカマド(と、夫&ハチ)
リシア・パーク
▲真っ赤に色付いたブラック・ハックルベリー。極上の甘い実はクマの大好物
リシア・パーク
▲山の上にはもう白い雪


Information

■トンガ・リッジの情報
ワシントン州のいろいろなハイキング・コースなどを詳しく掲載しているワシントン・トレイル・アソシエーションによるウェブサイト(冬場はスノーシューやスノーモービルなど、ハイキング以外のレクレーション情報が主)。
Washington Trail Association
www.wta.org/go-hiking/hikes/tonga-ridge/

■北欧料理レシピ集
北欧の料理レシピを簡単に紹介しているウェブサイト。北欧風に、西洋ナナカマドでジャムを作ってみてはいかが?
Nordic Recipe Archive
www.dlc.fi/~marianna/gourmet/13_6.htm

■ターナー・フォトグラフィック
このウェブサイトでは、ノースウエストに自生してる草花を紹介。写真がきれいなので、探している草花を見つけやすい。
Turner Photographic
www.pnwflowers.com

Akiko Kosugi Phillips
サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップ、エドモンズ市の公園課での仕事経験を経て、現在は、小杉剪定サービスとして庭の手入れを行うビジネス・オーナー。年に2回ほど小杉礼一郎氏の代わりに「ノースウエスト自然探訪」の執筆を務める。