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【私の転機】ダンサー 西 友里江さん

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シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

シアトルでアメリカの社会問題などをテーマに扱うコンテンポラリーダンス・カンパニー、Spectrum Dance Theater。ここで唯一のアジア人として踊る西友里江さんに、転機をうかがいました。(2019年4月)

ダンサー 西 友里江さん
西 友里江(にし・ゆりえ)

大阪府出身。5歳よりクラシックバレエを始め、武庫川女子大学健康スポーツ科学部入学後はジャズダンスやヒップホップダンスなど、さまざまなダンスを始める。2015年、同大学を卒業。同年、ニューヨークのPeridance Capezio Centerで、多くのスタイルのダンスを学ぶ。18年9月よりSpectrum Dance Theaterに所属。Web: spectrumdance.org

5歳の時、母のすすめでバレエを始めました。他の習い事は長続きしなかったけれど、なぜかバレエだけは続けられたんです。高校生になるとバレエ以外のダンスにも興味が沸き、大学進学と同時に、近所のスタジオでヒップホップダンスやジャズダンスを踊るようになりました。

大学では健康やスポーツ科学を専攻。友人たちはフィットネスクラブや体育の先生を目指していたのですが、私はダンスに熱中し、教えるよりパフォーマーとして踊り続けたいな、ダンスが仕事にならないかな?と思うようになっていました。

– 大学のダンス研修が渡米のきっかけに
大学3回生での海外研修は転機です。毎年、国やテーマが異なる2週間程の任意の研修があり、 この年はたまたまNYでダンスがテーマでした。Peridance Capezio CenterというNYでも大きくて歴史のあるダンス専門のセンターへ通い、これが楽しくて、もっとここで踊りたいと思ったんです。友人の影響で留学に憧れていたこともあり、卒業後はここに留学しようと意思を固めました。

2015年に再びPeridance Capezio Centerへ。今まで日本でやったことのないジャンルのダンスにも挑戦し、中でもコンテンポラリーダンスが、自分に合っていると思うようになりました。そして学校に所属したまま、NYでさまざまなダンスのオーディションを受け続けました。アメリカはダンスを披露する機会が日本とは比べものにならないほど多くあります。自分の中に、日本に帰る選択肢はありませんでした。

昨年6月、シアトルのコンテンポラリーダンスのカンパニー、Spectrum Dance Theaterのオーディションに受かり、1年契約のオファーを得ました。大きなダンスカンパニーに専属のダンサーとして入ることは夢だったので、電話をもらったときは本当にうれしかったです。

– 唯一のアジア人、そしてプロとして踊る
当たり前ですが、プロは「今日は調子が悪い」なんて許されず、常にトレーニングをしなければいけないし、私はカンパニーの他のアメリカ人と体格も違えば、技術面も精神面もまだまだで、もっと頑張らなくてはと思っています。

ディレクターから怒られたり、ずっと練習してきた役を、公演の直前で違う人に交代させられたりしたこともありました。このカンパニーでアジア人は私だけ。前例もなく、頼るものもありません。それに、今後の公演で、どれくらい使ってもらえるかも分かりません。

でも今は、ここで踊ることができて本当に幸せです。ディレクターや他のダンサーからたくさんのことを学び、ダンサーとしてもっと成長・進化し続け、早くディレクターに1人のダンサーとして認めてもらいたいです。

そして、いつか将来の大きな目標としては、自分の好きな音楽で、自分で振り付けを考えて、アメリカでダンスのショーをしてみたいですね。

ダンサー 西 友里江さん
▲ NYのタイムズスクエア駅で、歌手のChris Zurichさんとコラボレーションしてパフォーマンスを行なった時の様子。
 
*情報は2019年4月現在のものです

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