シアトルの生活情報&おすすめ観光情報

【私の転機】大工 今井 誠さん

最新インタビュー & バックナンバーリスト »

シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

フッドカナル沿いの町、シーベック。ここに、日本建築の大工、今井誠さんの作業場があります。アメリカで45年、日本の伝統的な建築を伝えてきた今井さんに転機を伺いました。(2020年9月)

大工 今井 誠さん
今井 誠(いまい・まこと)

1948年、岐阜県下呂町(現下呂市)の300年以上続く農家に生まれる。中学卒業後、日本建築の弟子となる。6年後、京都に移り、2つの工務店を経験。75年に渡米し、以後は全米各地で日本建築の指導やデモンストレーションを行う。94年、シーベックに移住。現在は個人宅の内装などを中心に手がける。(Web: makotoimai.com

生まれは岐阜の農家で、中学の下校中、いつも建築現場を見ていて、大工の弟子になろうと思ったのが、この世界に入ったきっかけです。中学卒業後、昼間は日本建築の弟子として働き、夜は定時制高校に通いました。

6年勤めて、次は伝統的な建物を学ぼうと京都に出て、やがて茶室やお寺を手がけるようになりました。当時、ベトナム戦争があり、京都には戦争を嫌って勉強に来ていたアメリカ人がけっこういたんです。中には日本や京都の文化に興味を持つ人も多く、彼らと友達になりました。

転機は1973年。当時の職場が、京都の古民家をカリフォルニア州のネバダシティに移築することになり、解体と移築に参加しました。すると、現場にヒッピーたちが見に来るんです。皆、手伝いたいけど、職人たちは「アメリカ人は不器用で、どうせ何も分かんない」と、日本のやり方でパッパと作るから、彼らの出番がない。ヒッピーたちがかわいそうでね…。アメリカには古い建築文化がないから、皆さん、興味があるんでしょう。これまで出会ったアメリカ人たちが日本の文化や建築を理解しようとする熱心な姿に心を打たれ、僕がアメリカで日本の建築を教えようと決心したわけです。

– アメリカ人に日本の建築を教えたいと渡米
渡米は75年、27歳でした。最初は仕事がなく、ネバダシティの友達の家に居候。サンフランシスコのギャラリーで手作りの家具のショーを行って人脈を作り、バークレーの大工に教える機会を得ました。その後も、個人で教えたり、デモンストレーションをしたり、大学や自分のクラスで教えたりして、徐々に、内装などの仕事も入るようになりましたが、25年くらいは教えることが中心でした。東海岸にもよく行ったものです。

日本の多くの職人は気が短くて、頑固で人の言うことを聞きません。だから、教えるのに向いていないんですよ。僕は人の気持ちを汲みたい思いがあるから、大変でも続けられたんでしょうね。

90年代に入り、ワシントン州の友人から、一緒に仕事をしようと持ちかけられ、カリフォルニア州から引っ越しました。スポケンにある武庫川女子大学アメリカ分校の茶室を手がけた後、94年に現在住むシーベックに移住。カリフォルニアと比べ、ワシントンの気候は、木にも道具にも良いんです。ただ、僕は友人のようにお金儲けだけを考えることができず、自分の作りたいものを追求したいので、友人との仕事は数年で解消しました。また、シーベックに来たのは、指導を忘れ、残りの人生は自分の作りたいものを作る、そのけじめという理由もあります。

– 生きた材木で、生きた家を作る

2000年頃、シアトルで、数寄屋造の邸宅を一棟丸ごと作る仕事が舞い込みました。3年かけ、全て日本的な工法で作った家です。アメリカでは自分の欲しい木は簡単には買えません。つまり、家を建てるなら大きな倉庫と材木を自分で用意する必要があります。この仕事を機に、必要な倉庫と材料を手に入れ、理想的な環境が整いました。

木は、主にワシントンやオレゴンで買い付け、必要に応じて自分で製材します。木はただ倉庫に置いておくのではなく、常に木に問いかけながら、風を通したり、扉を締め切ったり、状態を見なければいけません。世の中のほとんどの建築は、人工的に乾燥させた木材を使いますが、これだと油が抜け過ぎ、木が死んでしまうのです。僕は殺した木で物を作りたくない。これは譲れません。だから長い時間をかけて少しずつ自然乾燥させ、生きた材木を作るのです。生きた木で作った家は、完成してもずっと生きています。僕はこの木の良さと、日本のもの作りが分かるお客さんの仕事だけを受けます。多くは個人からの内装の仕事で、ありがたいことに、口コミだけでやってきました。

今の日本は、陶芸家とか染色家とか茶人には文化としてリスペクトがあるのに、大工はそういう扱いがなされません。でも、アメリカ人は大工の仕事をリスペクトしてくれます。だから、アメリカにずっと居るのでしょう。日本の建築の良さが伝わり、それを欲しいと思ってもらえる、それが生きがいです。

シアトルの数寄屋造の家が今のところは最高の出来ですが、チャンスがあれば、もっと良いものを作りたいです。そして日本の伝統を守りつつ、自分の世界を追求した、たんすなどの家具をこれまで以上に極めていきたいと思っています。

今井さん
▲ 1984年、指導を中心に行っていた頃の今井さん。
木だけで建物を組み立てていきます
▲ 金属のくぎやねじを使わず、木だけで建物を組み立てていきます。
道具
▲ 長年愛用している道具。道具の手入れの時間も掃除の時間も全てが楽しい」と今井さん。
茶室
▲ ベインブリッジアイランドのとある邸宅にある茶室。


家の庭
▲ 家、内装、茶室にとどまらず、庭園の日陰棚や家具など幅広く手がけています。写真はカリフォルニア州のとある家の庭。
 
*情報は2020年9月現在のものです

アメリカ生活に関する他のコラム » 
シアトル関連の最新記事などについて »