シアトルの生活情報&おすすめ観光情報

動物との出合い(2)クズリ

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2006年12月号掲載| 文・写真/小杉礼一郎

北西部の小動物、中動物は種類が多い。
私達の周りではあまり出合わないクズリを中心に、今回は中小動物を紹介していく。

クズリがスポーツ・チームのマスコットに選ばれる理由

クズリ
▲森の暴れん坊、イタチ科のクズリ
Courtesy of Northwest Trek Wildlife Park


皆さんはクズリという動物を知っているだろうか?学校やスポーツ・チームのマスコットにもなっている。そのロゴ・デザインを見て、クマの仲間だろうと隊長は思っていたのであるが、実はこの動物はイタチ科(Weasel Family)に属する。英名はウォルバリン(Wolverine)で、日本名のクズリは漢字で書くと「屈狸」。クズリの語源は、ロシア沿海州のニヴフ語(少し昔までギリヤーク語と呼ばれていた)であり、沿海州からアイヌの人々を通じて日本に広まった。クズリが日本に棲息していたかどうかは定かではない。
 
クズリがスポーツ・チームのマスコットに選ばれる一番の理由は、その向こうっ気の強さにある。しかしながら、自然の中でこのクズリを見たことがある人は、我々の周囲にはハンターか研究者を除いては極めて少ない。後述するが、隊長も見たとは言えない。が、いろんな人からクズリの興味深い話を随分と聞くから、この最強の森の生き物に興味津々なのだ。

生後1日目
生後1日目
生後3週目
生後3週目
生後5週目
生後5週目
生後11週目
生後11週目
▲今年2月14日のバレンタインズ・デーに、ノースウエスト・トレック・ワイルドライフ・パークで生まれたクズリの赤ちゃん
Courtesy of Northwest Trek Wildlife Park


カスケード山脈の一部とオレゴン州、ワシントン州の東辺、そしてカナダ国境近くの森林地帯が、クズリが現在生息するほぼ南限とされている。地球上ではカナダ、アラスカ、ロシア東部、スカンジナビア半島に棲んでいる。つまり、北極圏に近い森林の動物である。
 
大きさは60センチから1メートル弱。そこいらにいる犬と変わらない。イタチの仲間では大きいほうだが、クマやオオカミと比べるとうんと小さい。短くがっしりした四肢で、ラクーン(アライグマ)をひと回り大きくした姿を思い描くと実物に近い。長く鋭い爪と牙を持つ。「性格は凶暴である」と、どの解説にも特記されている。

負けん気ナンバー・ワンの動物

アラスカのトラッパー(罠猟師)、Iさんからはクマの話をよく聞かせてもらう。隊長がクズリのことを尋ねた時、懸命に言葉を探してから、彼は吐き出すように言った。
 
「あいつはとにかく性悪な動物だよ」
 
そして、クズリにまつわる話がワーッと出てきた。どんな頑丈な罠に掛かっても、ヤツは壊して逃げる。それどころか、罠に掛かっているほかの動物がいたら、何の警戒もなくそれを食べる。ほかの動物ーグリズリー・ベアだろうと人間だろうとーの獲物を横取りしようとする。体重1トン近い巨体のムース(ヘラジカ)でも、隙あらば襲う。狙った獲物に食らい付いたら放さない。攻撃は執拗で、相手か自分かが倒れるまでやめない。ざっとそんな話が続いた。もし人間界でクズリのような人物がいたら、それは極悪人と呼ばれるだろう。昨今の人間界もひどいけれど、しかし、何でもありの自然界である。弱肉強食の権化のようなヤツではないか。興味を覚えた隊長はその後、文献があれば調べ、パーク・レンジャーなどその筋の人(?)には、「クズリを見たことあるか?」「何か知っているか?」と尋ねた。だが、自然の中で実際にクズリを見た人はほとんどいない。さらに、いろんな武勇伝を聞かされる羽目になる。
 
クズリは、ケモノ道を歩いている時、向こうからどんな強い動物がやって来ようと道を譲らない。10頭余りのオオカミの群れに襲われても、1頭で立ち向かって撃退する。戦いの時は恐ろしい唸り声を上げ、牙をむいて威嚇する。イタチ科のほかの動物と同じように、強烈な匂いの液を浴びせる。それぞれ伝聞だから、存分に尾ヒレが付いてもいよう。それを含めても、なんと想像をかき立てられる生き物だろうか!
 
ある日、隊長はアンカレジ動物園に行く機会があり、そこで飼育フェンスの中のクズリを見た。どう猛という雰囲気はなく、ちょっと爪の長いラクーンのようにしか見えない。初対面のクズリはちっとも落ち着かず、12メートル四方ほどの檻の中をちょこちょこと数匹で動き回っていた。目が輝いていない。写真を撮る気がしぼんでしまった。ポートランドやシアトルの動物園でも飼育されているだろうから、実物を見ることはできる。けれど……実物と実像は違う。エールも込めて言いたい。彼らは「やはり野に置け」という、誇り高き野性の「ケダモノ」であって欲しい、と。
 
クズリに興味を持った人には、後述の写真サイトも併せてご覧になることを勧める。フィンランドで野生のクズリを15年にわたって撮影したものだ。

パイカ
▲パイカ、日本名はナキウサギ。岩間の草をくわえて巣に持ち帰ろうとしているところ。子供に与えるのだろうか?
オポッサム
▲ねぐらと餌を求めて我が家の猫ハウスに潜り込んだオポッサム。ふたを開けると牙をむいて威嚇した


クズリの仲間

北米ではクズリに近い動物で、アナグマ(Badger)がいる。これもあまり見掛けない。badgerの動詞の意味が、「困らせる」「しつこく言う」。また、米軍にBadgerという名の爆撃機があることもあり、クズリからの連想が発展してしまう。
 
アフリカやアジアの乾燥地帯に、アナグマの仲間でラーテルという動物がいる。イタチ科で、クズリの南方適応型というか、姿かたちも行動も性格もそっくりだ。負けん気の強さはクズリ並み、あるいはそれ以上で、「ラーテルに天敵はいない」とさえ言われる。喧嘩相手がライオンであろうと互角に戦う様子が観察されている。マングースのように、ラーテルの大好物は蛇である。彼らは猛毒のコブラにかまれても死なない、驚くほど強じんな生命力を備えている。では、ほぼ無敵に近いクズリやその仲間は増えているかというと、事実はまったく逆だ。彼らの存在を脅かす最大の敵は人間であったし、今後もそうである。家畜の敵、ひいては「人間の敵」である彼らは、見つかり次第撃ち殺されてきた。森林や草地は、放牧地または耕作地に転換され、クズリとその仲間は次第に生息域を狭められてきた。彼らが絶滅保護種のリストに入るのは時間の問題のようだ。

そのほかの中小動物について

クズリのような中型動物は、種類が多い。例えばラクーンのように、人間との出合いの多い動物もいる。それらについては稿を別にして語りたい。街中の公園でも、住宅地でも、ノースウエストに住む私達の周りで一番身近に見掛ける野生のほ乳動物と言えば、リス科(Squirrel Family)の動物だろう。

セイブハイイロリス
▲北米のリスの種類は多い。このリスはセイブハイイロリス(Western Grey Squirrel)で、体長(しっぽを含めて)30センチくらい


一般に言うリスは、ふたつに大別できる。ひとつはシマリス(Chipmunk)。体の大きさ(頭からしっぽまで)は10センチくらいの、小型のリスだ。鼻先から尻までの縞模様が特徴。もうひとつは、これのほぼ倍以上、20~30センチの大きさのリス(Squirrel、ああ、日本人に苦手な発音である……)。滑空するムササビのほか、地中に棲むプレイリードッグや地リスも、リス科の仲間である。そして体長50センチほどにも大きくなるモルモットも、リス科の一員だ。逆に、地リスよりひと回り小さいパイカは、実はウサギの仲間で、日本でも北海道に棲んでおり、ナキウサギとして知られている。この動物は氷河時代からの生き残り種である。

Information

■米国国立公園局
野生動物について学べるページ。国立公園内の動植物について、現状、保護対策など、掘り下げたレポートが多い。
National Park Service: Nature & Science (Biology)
ウェブサイト:www.nature.nps.gov

■ウォルバリン財団
クズリの生態から、歴史まで、詳細な解説がある。FAQでは、クズリに関するさまざまな質問についての回答が用意されている。
The Wolverine Foundation
ウェブサイト:www.wolverinefoundation.org

■北の森林の珍獣 クズリ
観察が難しいクズリを、フィンランドで15年にわたって撮影してきた貴重な写真と解説。『ナショナル ジオグラフィック 日本版』より。
ウェブサイト:nng.nikkeibp.co.jp

■沙漠に暮らす小さな“装甲車”、ラーテル
ラーテルに密着したふたりの研究者が撮った写真が素晴らしい。同じく『ナショナル ジオグラフィック 日本版』より。
ウェブサイト:nng.nikkeibp.co.jp

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。ウェブサイトをリメイク中。近日公開予定。