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百年時計と1万年時計・オリンピアとその周辺

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2010年07月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

I-5でオリンピアを通る時、眼前の小高い丘の上
ワシントン州議会議事堂の建物が目に入る
そこは人と地球の歴史が交差する地の、格好のランドマークでもある

州都のこと

最近、ギリシャの財政破綻が取りざたされているが、18世紀の終わり、ワシントン州の太平洋岸を航行した英国人ジョン・ミアズは、そんな後世のことなぞ知るよしもない。「やあ、あの山はギリシャのオリンポス山みたいだ」と、海図に今のシアトル西方にある半島の最高峰を“オリンポス山”と書き込んだ。半島は“オリンピック半島”と呼ばれ、後にその付け根にできた街は、当然のなりゆきで“オリンピア”になる。ピュージェット湾の最奥部に位置することで、往時の海運と陸上交通の拠点となり、背後の豊富な森林を伐って製材業も盛んだ。1853年、この街・オリンピアがワシントン準州の州都に定められた。※1

一方、連邦政府の首都は、建国当時の南北諸州の思惑と綱引きの結果、当時の大きな都市(ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルティモア、リッチモンド)から離れた田舎ワシントンDCに定められた。それから2世紀余り時を経た現在、国の首都にならったように各州の州都も地方の中都市である例が多い。※2

安易に経済や地元利益にすり寄らず……と言うと高尚に聞こえるが、実際は各州とも、州発足当初の主要都市に州都が定められた。その後100年、200年が過ぎ、発展の中心(都市)が移動。州都を移した州もある。※3 それでも、ちまたの雑音に煩わされずに政事(まつりごと)を考え決めていく。議員がそれに集中できる環境に州都を置き続けている。そのことのほうが高く評価されて良いだろう。

州議会議事堂(Capitol)と州庁舎は、州の威容を現す顔であり、アメリカのどの州も多大な建設費(血税)をつぎ込んだ立派なものを持っている。その中でもワシントン州の議事堂が他州に抜きん出て素晴らしいと、そのパンフレットでは謳っている。実際各地の州議会議事堂を見てきた隊長の経験では、それは当たっているようだ。いち地方自治体の議会場としては世界トップクラスの荘厳さではなかろうか。

アメリカが国としてまとまるための磁石機能が国旗と国歌であるならば、州のそれは州議会議事堂の圧倒する質感と言える。教会の高い天井、社寺の深い杜(もり)と同じ効果で、世界各地から集まったさまざまな人達とひとつの国(State)を造っていくためには、どうしても必要な重しのようなものだと思う。

ワシントン州のセールス・タックスは10%近いが、所得税はない。オレゴン州にはセールス・タックスはないが、所得税がある。また、この州は安楽死を認めている。この2州に限らず、州境を超えるとスピード制限も、その罰金も、裁判制度も、死刑の有無も、結婚離婚も、学校制度も異なる。州がひとつの国と言って良いのがアメリカだ。

州議会議事堂の建物を見ていると、「我らがステイト」に対する各州州民の無言の決意がじりっと伝わってくる。平日は州職員による議事堂のツアーが行われる。この建物を訪れ、その話を聞いて初めて「地方議会は民主主義の学校」と言われる訳と“United States”の意味が本当にわかってくる。

州議会議事堂
▲I-5の反対側(北)から州議会議事堂を望む。この場所が海に面していることがわかる。なお、議事堂の建物は1949年、1965年、2001年に起きた大きな地震に耐えた


オリンピアの街と周辺の自然

州議会議事堂の威容に比べ、オリンピアの街自体は率直に言って凡庸だ。港湾都市ではあるが、後背地の流通基地としての機能は弱い。同じピュージェット湾周辺にバンクーバーBC、エベレット、シアトル、タコマという一流港が数あり、オリンピアはその最奥部にあることがハンディーだろう。さらにコロンビア河下流のロングビュー、ポートランド、バンクーバーと、北西部の他港湾との競合は常に激しく、港は街の浮揚力とはなっていないようだ。しかし、そんなことはこの落ち着いた街の人達に「余計なお世話だ」と言われそうだ。この、たかだか人口5万人足らずの小都市は、実にうらやましい限りの豊かな自然環境の中にある。街の北側にはピュージェット湾のいくつもの大小の入り江と、当然にも岬の数々、それらは総延長百数十キロもの海岸を持っている。東にはニスカリー・デルタの野生生物のサンクチュアリがあり、南の草原地帯と西にはマイマ・マウンドがある。数十の湖と深い森林帯がこの平野に散在しており、市内の公園も広く、大変充実している。

これらの自然景観(入り江、湖、湿原など)は、1万数千年前に下と上から氷河が後退して残った地勢であり、その上に1万年掛けて植物や動物、先住民の人々が生死を重ねた後の姿だ。その自然景観の移り変わりは、言わば時計の短針の歩みである。そして街や港の景観は、100年単位の現代人が作ってきた、言わば時計の長針の歩みだ。そういう思いで改めてオリンピアの景色を眺めてみると、自然の中の人間の営為という感慨のほかにもまた、違った何かが隊長の胸に湧いてくる。それは日本人の目で見た日本人としての思いである。

マイマ・マウンド
▲マイマ・マウンド地形の成因には諸説がある。動物(地リス)の棲処説、激しい地震による火山灰堆積層の波打ち現象説(同様の地形がセント・へレンズ山噴火後にできた)、巨大氷河の置きみやげ説(これが有力視されている)
キャピトル・レイク
▲キャピトル・ヒルの眼下に広がるその名も「キャピトル・レイク」。この景色を見ていると、正反対の位置にあるワシントンDCのことを思ってしまう。DCのほうはチェサピーク湾の最奥部に位置し、しかも湾内ではカキの養殖が盛んだ。似ている


日本人として

日本からワシントン州への旅行者は、残念なことにいまだ掛け足観光旅行が主体で、「オリンピア?何それ」という人がほとんどだ。でも、いつの日か拡散型定着観光拠点としてのオリンピアの立地優位性が理解される時代が来ると思う。

オリンピアの海辺のB&Bに長逗留し、アストリア、コロンビア・ゴージを始めとし、レニア、セント・へレンズの山々、ピュージェット湾や島、イースタン・ワシントンの内陸部、そしてもちろんオリンピック半島の深く多様な自然をじっくり回るという旅を夢想している隊長である。今日からでもできることだが、数年~数十年もすればそういう旅のスタイルも受け入れてもらえるだろう。

それにつけても…とオリンピアを訪れる度に隊長は思っているのだが、どうして現代の日本人は歴史を大事にしないのだろう?「そうは言っても…」という答えは聞き飽きた。古いものを残すことが現実の経済や生活にどうして流され負けてしまうのだろう?いつまでそれが続くのだろう? ずっと答えは得られていない。まるで時計の秒針のような堂々巡りである。

※1 当時ワシントン州の最初の首都の候補地となった街は バンクーバー、ステイラクーム、シアトル、ポートタウンゼント、タコマ。
※2 主だった州の都市と州都。こう並べて見るとマウンテン・ゾーンの州は主要都市=州都となっている例が多い。

州名 現在の主要都市州都
ワシントンシアトルオリンピア
オレゴンポートランド セーラム
アイダホボイシーボイシー
モンタナ ヘレナへレナ
ワイオミングシャイアンシャイアン
コロラドデンバー デンバー
ユタソルトレイクシティソルトレイクシティ
カリフォルニア ロサンゼルス/サンフランシスコサクラメント
ネバダラスベガスカーソンシティ
アリゾナフェニックス フェニックス
テキサスダラス/ヒューストンオースティン
ニューメキシコ アルバガーキサンタフェ
ニューヨークニューヨークオーバニー
ハワイホノルル ホノルル
アラスカアンカレッジジュノー
BC(カナダ) バンクーバービクトリア
二スカリー・デルタ
▲野生生物保護区内。ニスカリー・デルタの風景
二スカリー野生生物保護区
▲二スカリー野生生物保護区。4つあるうちの二スカリー・デルタの中のトレイル。春(3~5月)と秋(9~12月)は渡り鳥が中継点として降り立ち、大勢のバード・ウォッチャーもやって来る
オリンピック半島
▲トルミー州立公園よりオリンピック半島の山々を望む。遠浅の海岸で人々が潮干狩りを楽しむ
州議会議事堂正面
▲州議会議事堂正面に向かって右には日本の杉の木が立っている。兵庫県とワシントン州の友好姉妹関係を記念して1993年に植えられたもの。建物5階の屋上には144枚のソーラーパネルが設置されている


Information

■ニスカリー野生生物保護区
オリンピアの東、ニスカリー川河口のデルタ地帯は、あらゆる生き物のサンクチュアリとなっている。特に鳥類は海鳥、森林、草原、山の鳥、渡り鳥と、種類も数も多い。I-5の114番出口を出てすぐ。サインあり。入場料は車1台につき$3 
Nisqually National Wildlife Refuge
www.fws.gov/Nisqually
 

■マイマ・マウンド自然保護地区
百聞は一見に如かず。1度自分の目で見て、この不思議な地形はどうやってできたのか、自分なりに腑に落ちる仮説をうち立ててみてはいかが? I-5の95番出口から西に10分足らず。サインあり。入場料無料。
Mima Mounds Natural Area Preserve
www.dnr.wa.gov
キャラバン#45 マイマ・マウンドの花畑伝説(小杉晶子)
 

■ワシントン州議会議事堂
6年の工期の末1928年に完成した。85メートルの高さの石造ドームとそこに下がるティファニー製の豪壮なシャンデリア(重さ5トン)。国内、世界各地から選りすぐった大理石の内装は見る人を圧倒。内部に入って見ることを強くオススメする。I-5の105番出口から西に10分足らず。サインあり。入場料無料。
Washington State Capitol
www.ga.wa.gov/visitor

(2010年7月)

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。