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「Inside Passage Tour」隊長の報告①

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2013年08月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

創世期のままの森と氷河と海と空、その中を闊歩するグリズリーや、
波間へ一斉に躍り出るクジラの群れ。
訪れた街や村と、人々との出逢い。大きな大きな自然に触れた旅の小さな小さな報告

リン・カネル(Lynn Cannel=水道)
▲リン・カネル(Lynn Cannel=水道)はインサイド・パセージの中でもひときわ美しい景観を見せてくれる

予想を超えた感動

5月初旬から50日間かけてオレゴンから北極海までを往復した。車で6千マイル、フェリーで2千マイルの計8千マイル(1万3千キロ)。 
このアラスカ縦断旅行はそれは濃密な旅だった。紀行文なんて帰ってから「簡単に書ける」と、隊長は思っていた。が、そうではなかった。旅は隊長のいわば十八番、そしてインサイド・パセージの旅は初めてではない。しかしこの旅は特別だった。朝、昼、夕、晩、毎日何かしら新鮮な感動が待っていた。今この2ページ7枚きりの写真で実り多いこの旅のいかほどを伝えられよう?2千5百字の原稿を1千8百字の記事に削るのとはわけが違う。伝えたいことは5万字ほどもある。たとえ文豪だろうがこの旅を2ページにはつづれないだろう。出会いの感動は、いつでもどこででも、予想や予感を上回っていた。
 
旅から戻ってまだ1週間、この旅行体験は隊長の頭の中でぐるぐる廻っている。それはこの先、上質な蒸留酒よろしくじっくりと熟成していくだろう。
 
というわけで、まだ熱い原液だが3回にわけて今回の旅を点描しよう。

絶妙ネーミング3題

アラスカ州は米本土から離れている。大きなアラスカ半島がその面積の大部分を占めるが、まるで米本土へ手をのばすように東南アラスカの複雑な島嶼部がカナダの西端に沿って延びている。その形から、東南アラスカはパンハンドル(=鍋の取っ手)と呼ばれているが、ぴったりなニックネームだと思う。インサイド・パセージはこのパンハンドルの「海の主要街道」と言える。だから、アラスカ州営フェリーの呼び名「アラスカマリンハイウェイ」も、絶妙なネーミングの2つ目。 今回隊長はこれをフルに使い各地を訪れた。クルーズ船で来たならば数時間しか下船しない場所も、数日間滞在した。車を使って各トレイルへ行き、あっちの山、こっちの山と歩き回ったのだ。
 
インサイド・パセージの北端からは、車でアラスカハイウェイを通り、カナダを抜け、フェアバンクスに出た。そのさらに北、名だたる長悪路ダルトンハイウェイを北極海まで往復してきた。
 
現地の友人は隊長のこの旅を「アラスカこれでもか旅行」と称したが、これが絶妙ネーミングの3つ目。それは半分当っている。日本の4倍の広さのアラスカの東半分しかカバーしていないからだが、その東半分ですら自然と人の歴史は存分に多様で興味が尽きない。

インサイド・パセージ

今回の旅の主眼、インサイド・パセージの景観は素晴しいの一語に尽きる。内海が続き、海面は静かで滑らかだ。船の近くにクジラが泳ぎ、イルカが競走を仕掛けてくる。フェリーは時に広いサウンド(=湾)を走り、そして狭隘なナロウズ(=水路)を抜ける。その変化はどれだけ見ていても飽きない。晴れの日は青い空に氷河を頂いた白い峰々が美しい。悪天候の日でも霧の中に見え隠れする陸地の木々や岩の岸には墨絵のような風情がある。北に向うにつれ、植生(木)の丈がゆっくりゆっくり低くなり、森林限界も雪線も次第に降りてきて、船が高緯度に向かっていることを感じた。

あえて二つの見どころ

インサイド・パセージのメインルートもさることながら、これに付随する位置にある2箇所の見所を述べよう。一つは東南アラスカの最東南端に広がるミスティフィヨルド国定公園で、発着拠点となる街はケチカン。もう一つは最北西端にあるグレイシャーベイ国立公園である。拠点はガステイバス、あるいは州都ジュノー。これらの拠点の街へは米本土から通じる道がない。つまり車ではアクセスできず。船か、飛行機を使うことになる。さらに2公園共に、アクセスする道路はなくボートかカヤックで行くしかない。ミスティ・フィヨルドへは小型機での遊覧飛行があるが、国立公園のグレイシャーベイに入れるのは1日に大型船1隻と中型船2隻までと厳しく制限されている。観光遊覧飛行はない。
 
ミスティ・フィヨルドは約1万年前の最後の氷河期に後退した氷河が残していったフィヨルド地形で、人をまったく寄せつけぬ峻険な岩壁と針葉樹林の世界だ。東南アラスカでは北へ向かうにつれ氷河が徐々に海に降りてきて、その変化を目の当たりにすることができる。そして、地球の温暖化の象徴なのか氷河群が後退していく様も。グレイシャーベイ国立公園は、わずか2百年の間に世界最速で氷河群が後退しているエリアだ。ある意味、そこに自然のせめぎあいの最前線を見る。アラスカに国立公園は数多くあるが、海の野生生物と陸の野生生物を多数同時に観察できる場所はここしかないと思う。あるいは世界でこの湾だけかもしれない。

 

ジュノーのメンデンホール氷河
▲ジュノーのメンデンホール氷河の前を行くフェリー
グリズリー
▲肉眼で見える近さを歩くグリズリー。時に親子連れで岸辺に降りてくる
ミスティ・フィヨルド国定公園
▲ミスティ・フィヨルド国定公園にて。海は荒れ、雨雲が立ち込める天気だが、フィヨルドの幽玄な迫力が伝わってくる
インサイド・パセージ
▲インサイド・パセージに入った翌朝、フェリーの船上から南東を見る。天気は下り坂
双胴船によるツアー
▲国立公園局が運航する双胴船によるツアー。海の生き物や海鳥、陸上の野生生物が見えれば船足を緩め、あるいは停まる。数人のレンジャーによる熱心な解説がある


グレイシャーベイ国立公園の湾を進む中型船
▲グレイシャーベイ国立公園の湾を進む中型船

Information

アラスカ州営フェリー
アラスカ州営フェリーのウェブサイト。総延長3500マイルにおよぶ営業航路すべての情報が得られる
www.dot.state.ak.us/amhs/index.shtm

■グレイシャーベイ国立公園
1979年に世界遺産に指定された国立公園局の公式ウェブサイト
www.nps.gov/glba/index.htm

■ミスティ・フィヨルド国定天然記念物
アラスカ観光協会による、日本語ウェブサイト。ミスティ・フィヨルドについての紹介が、日本語でわかりやすく説明してある。そのほかのアラスカについての記述も満載
http://p.tl/Ngl4

(2013年8月)

Reiichiro Kosugi
54年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、77年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て88年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。国立公園や自然公園のエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱する。