特集「被爆・終戦80年インタビュー特集 記憶を未来に語り継ぐ人たち」より
■ 戦後80年を迎えた今、戦争体験者の高齢化により、記憶の継承は新たな段階に入っています。そんな中、2024年にワシントン州シアトルの「サダコ像」が切断される事件が発生し、記憶の風化や分断の怖さを私たちに突きつけました。今回は、その「サダコ像」の修復に携わる人々などにお話を伺いました。(※このページは、ライトハウス・2025年8月号特集記事に掲載の、シアトルで活動する社会活動家スタンリー・シクマさん、アーティストのサヤ・モリヤスさんへのインタビューを元に作成しています。情報は同号の発行時点のもの。)
破壊された「サダコ像」の再生を通して後世に伝えたい思い 〜 社会活動家 スタンリー・シクマさん
原爆による白血病のため12歳で亡くなった佐々木禎子さんをモデルに制作された「サダコ像」の破壊・盗難事件から約1年。いま、再建に向けたプロジェクトが地元市民によって進められています。プロジェクトに関わるスタンリー・シクマさんに、同活動への思いを伺いました。
![]() ▲ スタンリー・シクマ |
ー 湧き上がる再生への思い
昨年「サダコ像」が破壊されたと聞いた時、怒りや深い悲しみ、そして喪失感が一気に押し寄せてきました。像は足首から切断されており、まるで親しい人の体が傷つけられたように感じました。あの像は、多くの人にとって祈りや思いを託す場所であり、静かに心を寄せる”癒やしの場”でした。だからこそ、私はこの象徴をもう一度取り戻さなければと思いました。 像が盗まれてから数週間後、私たちは小さなヒーリングセレモニーを開きました。長崎出身でシアトル別院輪番の楠さんが経を読み上げ、参加者はそれぞれの思いを語り、折り鶴を飾り、花やリースを手向けました。その場には、深い喪失と共に「再生への願い」も感じられました。この出来事を忘れ去るのではなく、むしろ新たな形で再生させたいという思いが、私たちの中に芽生えたのです。

2024年7月12日、足首から切断された「サダコ像(Sadako and the Thousand Paper Cranes)」が見つかりました。青銅を狙っての盗難と推測されています。
写真提供 :スタンリー・シクマさん
ー アートが紡ぐ平和と希望
しかし復元には課題もありました。市の公園局は、再び金属で像を作ることに慎重でした。金属は盗難のリスクが高いからです。そこで私たちは元の像の「足」を生かしつつ、金属以外の素材を使った新たな平和の象徴を生み出せるアート作品を公募したのです。そして、アーティストのサヤ・モリヤスさんの提案が選ばれました。現在プロジェクト募金を募っている段階ですが、完成は2026年8月6日、広島に原爆が投下されたその日に合わせたいと考えています。このプロジェクトを通じて、私たちが伝えたいのは「平和」「希望」そして「多様なコミュニティーの団結」です。Tsuru for Solidarity、Japanese American Citizens League、シアトル別院、広島県人会、そしてクエーカー教徒集会、先住民の方々、地域住民まで、多くの人がこの像に想いを重ねています。祈りの形はそれぞれですが、「平和を願う心」は、皆共通しています。
ー 語り伝える責務。未来を見つめて
若い世代にも、この思いをどう伝えるかが大切です。私は1984年から「From Hiroshima To Hope」という原爆死没者の追悼行事の運営に関わっており、毎年8月6日に灯籠を湖に浮かべ平和の祈りを届けています。多くの高校生や大学生がボランティアとして参加してくれています。また、劇団が禎子さんの物語を舞台で上演したり、学校や先生の中には、彼女に関する教材を授業で使ったりする人たちもいます。
日米の「戦争の記憶」に対するアプローチの違いは、日本では広島や長崎の被爆体験が語り継がれていますが、アメリカでは「原爆が戦争を終わらせた」という物語が主流です。そのために、多くのアメリカ人が原爆の実態や犠牲者の思いを深く知らないまま、歴史を「正当化」してしまっているのです。私は、真実を語ること、そしてその教訓から学ぶことが、次の世代の責任だと思っています。真実を知ることは時に苦しいですが、それが信頼を築き、より良い未来をつくる第一歩です。

事件後に行われた「ヒーリングセレモニー」に参加したスタンリーさん(前列右)。
Photo courtesy of Eugene Tagawa

1995年の「サダコ像設置」に尽力したのは、平和活動家でクエーカー教徒のフロイド・シュモー氏。第2次世界大戦中には日系アメリカ人を支援し、戦後は広島の復興にも力を注ぎました。
写真提供 : スタンリー・シクマさん
平和と地域の歴史を織り込んだ新たな「サダコ像」に 〜 アーティスト サヤ・モリヤスさん
![]() ▲ サヤ・モリヤス |
新しい像で表現したいのは、子どもたちには戦争のない世界で自由に幸せに育つ権利があるというメッセージです。禎子さんが原爆の悲劇を経験せず、平和で喜びに満ちた生活を送っているイメージを描きたいです。残された像の一部を生かしつつ、着物に平和や地域の物語を織り込みます。背後には3枚の大きな銀杏の葉のスチールオブジェを配置し、来訪者が座れるベンチも設けることで、孤立していた禎子さんを守り、人々が集い交流できる空間にします。また、これまで「サダコ像」に関する銘板はなかったため、多くの人がその背景や意味を知らずに通り過ぎていました。
今回新たに設置する銘板には、禎子さんの物語はもちろん、この地にゆかりのある先住民ドゥワミッシュ族や「サダコ像」を設置した平和活動家フロイド・シュモー氏の歴史も紹介し、地域の歴史と平和への思いを包括的に伝えられるよう工夫します。訪れる人が像の意味を理解し、深く考えるきっかけになることを願っています。今後も制作を着実に進め、多くの人にこの像を通じて、平和の大切さを感じてもらいたいと思っています。

モリヤスさんが手がけている新たな「サダコ像」のデザイン模型。
募金についての情報は「Quakers University Friends Meeting」のウェブサイトに記載しています。
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*情報は2025年8月時点のものです
(ライトハウス編集部)






