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ミスティック・リバー

ロゴ 第30回
ミスティック・リバー

サイコ
© Warner Bros.

アカデミー賞に輝いた、クリント・イーストウッド監督「ミスティック・リバー」を観終わって、この俳優監督の力量は生半可のものではないなと感じた。そう言えば、主演のショーン・ペンも「クロッシング・カード」という傑作を監督したし、助演のティム・ロビンスも監督作品に「デッドマン・ウォーキング」がある。今話題の「パッション」もメル・ギブソンの監督だし、「ロスト・イン・トランスレーション」は女優あがりのソフィア・コッポラが監督だ。過去のハリウッドにおいても、ウォーレン・ビーティーやケビン・コスナーが監督賞を受賞するほどの評価を受け、今や俳優が監督進出すること自体がひとつのステイタス・シンボルになってさえいる。しかし、彼らの力量は相当なものだ。

イーストウッドのすごさは、娯楽映画一筋の“ハリウッド”という環境に育ち、そのエンターテインメント性を破壊することなく、それでいてしっかりとした深いテーマ性を持った社会派の作品を撮れることだと思う。これはなかなかできることではない。ショーン・ペンは、良き夫、良き父親を演じながらも、実は裏の世界と精通しており、ケビン・ベーコンは、刑事だが別居中の妻がおり、定期的に彼に無言電話が掛かるという役どころ。ティム・ロビンス演じる人物も何やら暗い影が漂っており、昔の親友同士だった彼ら3人がひとつの殺人事件で再会して話が進むにつれ、彼の隠されたトラウマが明らかになる。「これが、『ダーティーハリー』でマグナム44を撃ちまくっていた男の演出か」と疑いたくなるほど、イーストウッドの緻密で深い洞察力が、人間の業を紐解いていく。

しかし、ショーン・ペンもティム・ロビンスも監督として力があるだけに、作品選びの確かさ、つまりは脚本を読む力も相当なものだと見た。「デッドマン・ウォーキング」でのロビンスの演出、ショーンの演技は、彼らのキャリアの中で最も特筆大書すべき仕事だったと思う。

国内に目を向けるとどうか? 過去に勝新太郎、佐分利信、山村聡、三船敏郎、宇野重吉、三國連太郎、松田優作、最近では田口トモロヲなどのスター俳優が監督としてデビューしたが、山村聡が「黒い潮」などの佳作を撮ったくらいで、これといった作品は残していない。日本では、出演が決まる前に脚本ができていないことが多い。エージェントから事前に脚本を送ってもらってから出演を決めるハリウッドのスター俳優は、それゆえ、脚本を読む力が自然と身に付いているのだろうか? ト書きしか書いてない日本映画の脚本じゃあ、読んだって、どんな作品になるか事前にわかりゃしない。一方、アメリカの脚本は、台詞をしゃべる登場人物の細やかな心情やシチュエーションが事細やかに書かれている。こんな脚本を毎回読んでいたら、自然と脚本読解力や演出力が付いてくるものなのかもしれない。

最後に、主役のショーン・ペンやティム・ロビンスも良かったが、本当の演技巧者はティム・ロビンスの妻を演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンである。最後のパレードのシーンでの彼女の苦悶の表情は、この映画のテーマのすべてを語っている。

前川繁(まえかわしげる)
1973年愛知県生まれ。シアトルで4年間学生生活を過ごす。現在、東京でサラリーマン修行中。コネクションを作って、いつか映画を作っちゃおうと画策している。