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大自然のエルドラド・オリンピック国立公園

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2003年05月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

シアトルの朝、新しい陽を浴びて海の上にすがすがしく輝く山並みー夕焼けをバックに堂々と、時に荒々しいシルエットを作り出すスカイラインーオリンピック国立公園は、50余りのアメリカの国立公園(ナショナル・パーク)中、最も多様な自然の景観に恵まれている。ここの自然は身近でありながら、奥もまた深い。この夏、オリンピックの美しい山や森、海辺を心ゆくまで歩いてみてはいかが?

大自然のエルドラド、シアトルから

世界広しと言えど、都会にいながらにして3カ所もの国立公園を一度に視野に収められる街はシアトルだけだろう。ここからは、視界のいい日には南にレ二ア山、北にノース・カスケード山脈が遠望できる。そして天気の良い日には、オリンピック半島が格別に間近に見える。地図で見れば“半島”だが、外海の太平洋岸から氷河を頂く山頂まで、多様な姿を見せる自然の中を車で実際に走ってみると、その際限ない広さと大きさを感じられる。私達のすぐ近くにあるこの豊穣な自然のシーンは、エメラルド・シティを演出する雄大な借景を成している。


凝縮された“潤い”の自然

ノースウエスト自体が北米の多様な自然景観の宝庫。そのショーウィンドーのように、オリンピック国立公園には“潤い”のある景観が集まっている。荒々しい外洋部は、北太平洋に面する、おびただしい流木が積み重なる海岸部。静かなただずまいのレイク・クレセントは森林の中の美しい湖で、氷河期の遺物。いまだ60余もの氷河が、オリンポス山頂付近に残っている。
 
氷河を下っていくとホウ・レインフォレストへ。ここには高緯度の温帯雨林が広がる。苔とシダの繁茂するジャングルは、宮崎アニメ「もののけ姫」に出てくるシシ神の森だ。公園内の森や草原ではブラック・テイル・ディア(ミュール鹿の一種)の親子、エルクの群れが闊歩している。山懐深いソルダックは湧出量豊富な温泉。温水プールもある。ハリケーン・リッジに登ると、ノースウエスト1、2に挙げられる360度の眺望が広がる。
 
深緑の森、緑の草原のじゅうたん、オリンポスの青い山並みが幾重にも連なり、白い残雪のトッピングがまぶしい。眼下に光る海が広がるポート・アンジェルスの港、バンクーバー島、サンファン・アイランドの島々を一望することもできる。綿スゲにはじまり、白・黄・赤、そしてバイオレット…の花々の海に、甘い香り。さまざまな蝶が舞い、花の蜜を集めて回る虫の羽音だけが聞こえる。

オリンピック国立公園の奥の深さ

ここまではガイドブックにも広く紹介されているオリンピック国立公園の定番、いわば「表」の部分。今回は、オリンピック国立公園のさらに「奥」も探訪してみよう。

キナルト・レイクは公園の南西端にあり、シアトルからのアプローチは最も遠い。だが、レイク・クレセントと同じU字谷の、この氷河湖の周辺の木々は、アルダー、メープル、白樺、レッドシーダー(米杉)が多く、ホウ・レインフォレストとは一寸趣きの異なるレインフォレストである。新緑や紅葉の時期には、谷は蒔絵のような美しさだ。キナルト川に目を転ずると、おびただしい量の降水により森から洗い流されてきた膨大な数の樹木が、谷や川原を埋めている。次に川が氾濫する時に下流へ、そして海へと流されて行き、やがて公園沿岸部の果てしない流木地帯を成すのだ。このキナルト谷のレインフォレストを一周する林道は“車で回るトレイル”とも言えるドライブ・コースだ。要所要所にトレイル・ヘッドがあり、長短のトレイル・ウォークと組み合わせれば、変化のある自然探訪が楽しめる。
 
オリンピック国立公園の主だったロング・コースのトレイルの多くは、公園の南から東へと延びていて、この谷が東ヘ向かうトレイルの起点になっている。むしろトレッキングに近いトレイル・ウォークだから万全の準備で出掛けよう。さらに「登山」はこの公園でチャレンジできる、本格的なアクティビティーのひとつだ。主峰オリンポスの標高は8,000ft弱(2,400m)だが、レ二ア山と同じく、氷河を登る技術と装備が必要である。起点はホウ・レインフォレスト。もうひとつオリンピック国立公園でおすすめしたいのが、プリミティブ(原始的な)・キャンプ。最低限の装備だけを持って塵芥を離れ、山谷の奥深く、海岸の果てに分け入り、自然と溶け合って楽しむディープなキャンプだ(下記参照)。

Information

■オリンピック国立公園と周辺の情報

■おすすめキャンプ・サイト

  • Coast (Mora): 海岸というより川辺の苔むした森にある、ワビ・サビ感が漂うキャンプ場。
  • Hurricane Ridge (Heart O’ the Hills): ビジターセンターからハリケーン・リッジへ向かい、麓の深い原生林の大木に囲まれたキャンプ場。
  • Lake Crescent 周辺 (Fairholm & Log Cabin Resort): 静かな湖のほとり。深い森と、その背後に高い山並みが連なる。

■プリミティブなキャンプ
それぞれ趣きの異なるキャンプ・サイトだが、トライしたいのは、もっと“何もない”状態でのもの。水、トイレなどはなく、本当の自然の中、最低限のキャンプ用具で過ごす。それをお望みの方は、干潮時の海辺を歩いてキャンプ・サイトへ達するMora以北の海岸でのキャンプや、キナルト・レイクの東側のキャンプ場などを利用すると良い。キャンプ・サイトは指定地があり、パーミットが必要(詳しくはビジター・センターに問い合わせること。ウェブサイトでも情報入手可能)。

■おすすめトレイル

  • Hoh (Hall of Mosses、距離:0.8マイル): 苔とシダ、レインフォレストの核心部を見る。
  • Hoh (Spruce、距離:1.3マイル): 林床を流れる清流に沿う。
  • Hurricane Ridge (Meadow Loop、距離:0.5マイル): お花畑の中の快適なトレイル。ミュール鹿に出あえるかも。
  • Hurricane Ridge (Hurricane Hill、距離:3.2マイル): 爽やかな風が明るく開けた尾根を越えてゆく。隊長のイチオシ。
  • Lake Crescent (Moment in time、距離:0.6マイル): ロッジの前から森と湖畔を巡るセルフ・ガイデッド・トレイル。
  • Quinault (Maple Glade、距離:0.5マイル): 多彩な温帯雨林の植生と生態を見るセルフ・ガイデッド・トレイル。
  • Soledock (Ancient Groves、距離:0.6マイル): オールド・グロス(原生林) の輪廻を見る。
Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。