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マイマ・マウンドの花畑伝説

アメリカ・ノースウエスト自然探訪2006年04月号掲載| 文・写真/小杉晶子

薄暗いノースウエストの冬も終わり、再び素晴らしい季節がやって来ました。
今回は隊長に代わって、私が小隊長として“秘密のお花畑”を探す旅に挑戦しています。
さて、伝説のお花畑は本当に存在するのでしょうか……。

お花畑の思い出

春とはいえ、まだ少し肌寒く体がグウのまま固まってしまうノースウエストの春。あの全身の筋肉がほぐれるような、陽気な日本の春が恋しいですよね。そして春と言えば、懐かしいれんげ畑。子供のころ、秘密のれんげ畑を探しに、あちこちの田んぼへ自転車で出掛けたものです。れんげがうわぁーっと地平線まで咲いている田んぼもあれば、申し訳程度に咲いている田んぼ、犬の糞がやたら多い田んぼもあり、田んぼひとつ取ってもいろんな表情がありました。春になると、そのころの思い出がよみがえってきて、今でもお花畑を見たくなる衝動に駆られます。しかし、ここはアメリカ。田んぼはないし、針葉樹の緑ばかりがやけに目立つノースウエスト。そんな夢はいつしか忘れていました。

ところが……数年前に学校でノースウエストのエコロジーのクラスを取っていた時、クラスメートから「野生の花の群生が見られるところがある」との情報をキャッチしたのです。野生の花で有名なのは、レニア山にある高山植物のお花畑。けれど、シアトルから少なくとも片道3時間は掛かるし、気軽に行ける気はしません。しかし、その教えてもらった場所はシアトル近郊にあり、しかもワシントン州の自然史ではとても有名で不思議な地であることを、その時の授業で学びました。

マイマ・マウンド
▲こんもりとした小さな丘が並ぶ、マイマ・マウンドの風景


ワシントン州西部、オレゴン州西部の植物生態学

マイマ・マウンド
▲カマス・リリーとバターカップ
マイマ・マウンド
▲うつむき加減に花を咲かすカタクリモドキ
マイマ・マウンド
▲控え目に咲くスミレ


植物生態学とは、その地域の気候、環境に応じて各個別の種が自生していることを勉強する科目です。同じノースウエストでも、海岸沿いやカスケード山脈など、気温、湿度、そして土壌の違いによって、おのおのの環境に適応しながら植物も棲み分けています。私達が学んだ、地元ワシントン州、オレゴン州西部に絞ると、大きく分けて次の5つの環境から成り立っています。

  • シトカトウヒ・ゾーン(Sitka spruce zone):太平洋海岸沿い
  • アメリカツガ・ゾーン(Tsuga heterophylla zone):居住者の多いシアトルからオレゴン近辺
  • パシフィック・シルバーファー・ゾーン(Abies amabilis zone):カスケード山脈西側
  • マウンテン・ヘムロック・ゾーン(Tsuga mertensiana zone): オリンピック山脈の頂上付近など
  • 草原ゾーン(Prairies zone):タコマ南部、オリンピアなど

授業を受けていた私は、この中でも、草原ゾーンというのが、少し意外な感じがしました。「草原? 針葉樹の多いノースウエストで草原なんて見たことがないなぁ」と思っていたら……あったのです。草原は現在、タコマ南部とオリンピアに少し残されています。そこは、昔から自然発生していた火事、かつて住んでいた先住民の手によってできた草原だったのです。先住民は、狩りや食用植物の採取など生活のために森を切り開き、いつしか森から小さな草原へと長い年月を掛けて変化し、その環境に植物も適応していきました。たくさんの日光を浴びられるようになった野草は、やがて春になると素敵な花を咲かせることができ、そして、そこがシアトルの伝説のお花畑となったのでした。

シアトルからリトル・ロックへ

I-5をシアトルから下ってタコマ付近に差し掛かると、突然フリーウェイ脇の樹木の種類が変わっていくことに気が付いていましたか?それまでは、針葉樹であるダグラス・ファー(米松)やウエスタン・レッド・シーダー(米杉)の緑で包まれていたフリーウェイも、いつしか落葉樹に取り囲まれています。これは、ノースウエスト唯一のオーク、そう、どんぐりの木です。以前はシアトル全域に自生していたのですが、開発と共にあまり役に立たない木としてたくさん切られていきました。そして、成長の遅いオークは、どんどん育っていくダグラス・ファーに大きくその生育場所を取られてしまったのです。現在は、タコマ付近、フォート・ルイスなどで保護され、樹齢100年を超えるオークが残されています。

そんなオークを横目に、さらにI-5を南下、オリンピアの95番出口でフリーウェイを降り、西へ進んでいきます。リトル・ロックという小さな町の中に、ワシントン州の自然保護課によって管理されている区域があり、そこはマイマ・マウンド(Mima Mound)と呼ばれる地形科学的にも不思議な草原が広がっているのです。そこに探し求めていたお花畑はあるのでしょうか?

不思議なマイマ・マウンド

さわやかな新緑に包まれた小さな森を歩いていくと、突然広い場所に出ていました。そこは、アメリカン・フットボールの競技場2個分ほどの大きさで、確かに草原が広がっていました。おや? でも、なんだかちょっと、変だぞ……。草原は草原でも、おかしな小さい丘が所狭しと並んでいるのです。むむ、なんじゃこりゃ?

今まで生きてきた中でこんな自然風景に出合ったことがないので、どのように表現すれば良いのでしょうか。よくもぐらが、芝生の上にこんもりと小さな丘を作っていますよね。あれが巨大化したような風景とでもいうのか、神様がおもしろがって野球のマウンドをいっぱい造っちゃったというのか、とにかく笑える風景です。

入り口付近には小さい展望台があり、そこから一望できるようになっています。高さ2メートル弱、幅3、4メートルの小さな丘が密接し合っていて、大きな木などは1本もなく、ずっと遠くまで見渡せ、モコモコした地形が広がっています。その間には遊歩道があり、ぐねぐねと歩いて回れるコースになっています。まるで、大きなもぐらたたきの丘のよう。数百年前に開拓者によって発見された時は、宇宙人が造ったのではないか、いやきっとここに生育している奇怪な動物によって造られたのではないか、などと、いろんな論争がなされたそうです。中でも、氷河の動きによってそのようなユニークな地形ができたのではないか、というのが一番強い説です。「奇妙で不思議なマイマ・マウンド」と呼ばれ、今でもその理由は証明されていません。

自然区域と言っても、ただ放ったらかしにしているだけでは自生植物が外来種などに負けてしまいます。今は州の自然保護課やボランティア団体により、昔からやっていたように野焼きで雑草を焼くなどの方法で、この不思議な風景は守られています。

マイマ・マウンドマイマ・マウンド
▲野いちご(Wild Strawberry、学名:Fragaria virginiana)とのこぎり草(Yarrow、学名:Achillea millefolium)

花開く夢の風景

もぐらたたきの丘に目を奪われて、お花畑のことをすっかり忘れていた私。えぇとお花、お花、と探しに掛かりました。しかし、現実は……頭で描いていた一面のお花畑とは、少し違った様子でした。

ところが、よく見てみるとチラホラ花が咲いているのが見えるではないですか。ちょうどその時、年老いた犬をヨタヨタ連れて散歩をしているおばちゃんが目に入り、伺ってみることにしました。おばちゃんは、ちょっとクスッと笑って、「あぁ、まだちょっと早かったねぇ。そうよ、5月ぐらいになると、カマスやバターカップ、シューティングスターの花がここ一面に咲き乱れるのよ。ねぇ、ルーディ?」と言って、おじいちゃん犬の顔を見下ろしました。おじいちゃん犬は少しニヒッと笑って、また来た道をヨタヨタとおばちゃんと戻っていきました。あぁー、時期が早過ぎたかぁ……。

そのもぐら丘からぽつり、ぽつりと花を咲かせている光景から、さらなる期待と想像がぱぁ~と膨らんできました。真っ青の空の色を写したかのような、同じ色のカマス・リリー(Camassia quamash、学名:Camassia quamash)、その下には、お日さま色のバターカップ(Western Buttercup、学名:Ranunculus occidentalis)。ピンクのかわいらしい花を付けるカタクリモドキ(Pretty Shootingstar、学名:Dodecatheon meadia)、健気に咲いているスミレ(Alaska violet、学名:Viola langsdorfii)など、ノースウエストらしい控えめな野草の群れは、さわやかな春風に吹かれて、ゆらゆらと私達を笑っているようでした。きっと時期を見て行けば、あのおかしなもぐら丘一面にお花が咲くのだと思うと不思議な気もします。

それにしても、おかしな風景ですね。自然の力とはすごいものです。人間が考えもしないデザインを、いとも安々と描いていくのですから。また、いつか花一面の時に来られることを願って、家路に着きました。

Information

【ウェブサイト】

■サウス・ピュージェット・サウンド・プレイリー・
 ランドスケープ・ワーキング・グループ
ノースウエストの草原を保護している団体。花畑の写真がたくさん見られる。
The South Puget Sound Prairie Landscape Working Group
ウェブサイト:www.southsoundprairies.org

■アースウォッチ・インスティチュート
同じく草原に咲く野草の花を研究、保護している団体。日本語のページもある。
Earthwatch Institute
ウェブサイト:www.earthwatch.orgwww.earthwatch.jp(日本語)

■サンセット
有名なアメリカの雑誌。ガーデニング、旅行などについての情報が豊富で、マイマ・マウンドの紹介記事も。
Sunset Magazine
ウェブサイト:www.sunset.com

■ワシントン州天然資源部
ウェブサイトでは、ワシントン州で自然保護の対象となっている地域やその活動内容が説明されている。
TEL:360-902-1600 TEL:360-956-9713(自然保護課)
Washington Department of Natural Resources
ウェブサイト:www.dnr.wa.gov

Akiko Kosugi Phillips
サウス・シアトル・コミュニティー・カレッジで園芸学(Landscape & Horticulture)の学位を取得。シアトル日本庭園でのインターンシップを経て、現在はエドモンズ市の公園課で働くと同時に、剪定を中心とした庭の手入れを行うビジネスも展開している。