シアトルの生活情報&おすすめ観光情報

ノースウエストの海と魚(1)漁港シアトル

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年03月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

北西部の景色と風土に潤いと彩りをもたらす海は
日々の私達の食卓にも豊かさを届けてくれる。
身近なシアトルからそのディープな世界の探訪を始めてみよう。

シアトル漁港
▲シアトル・ダウンタウンから北へ10分。バラード橋の西(=海)側の漁船群がシアトル漁港である
クラブ・ポット
▲カニ漁で使われるクラブ・ポット。このカゴの中に餌となる魚を入れてブイを着け海中に吊るす


街中から10分足らずで

シアトル・ダウンタウンからエリオット通りを北に向かう。バラードへ渡る橋にさしかかると、左手に漁船の群れが見えてくる。シアトル漁港だ。ここは、アメリカで最大級の漁港である。と言ってもピンと来ない人が多いかもしれない。観光客にはスターバックス、スペース・ニードル、ボーイング、マイクロソフト、セイフコ球場などの名所(?)のお陰で完璧にスルーされている。しかし、1914年に漁港として開港して以来、シアトル港は太平洋岸の漁業基地として重要な港であったし、今でもそうである。1950年には全米最大の水揚げ高を記録し、今も全米の漁獲高の40~45%をシアトル漁港が担っているという(港の広報による)。

現代漁業の生産流通の場面では捕獲後、洋上の母船上で加工・冷凍、あるいは最寄りの拠点港の工場で加工・冷凍し、集荷・出荷されるスタイルが主流である。この場合、シアトルを母港とする北太平洋船団全体の水揚げ高が全米の40~45%を成すという意味に理解すれば良いと思われる。

アラスカ沖の漁業基地

「アメリカ太平洋岸での漁業とは、つまりサケ漁のことだった」と、ある水産関係者は述懐する。「70年代には西海岸のあちこちにあったサケ缶の工場はほとんどなくなったよ※1」と。近年急速に地球規模で水産資源の変化ー主に枯渇ーが起こっている。

70年代をピークに、ほかの魚種と同様にサケの漁獲高は減少傾向に向かう。それでも北太平洋はまだ、世界の人々に残された最大の漁場となっている。これら外洋へのトロール漁業、延縄漁業とアメリカの漁業水域(=沿岸200海里)での近海漁業に出漁する大中小の漁船団の母港として、シアトル漁港は重要な役割を果たしている。彼らが向かう漁場は、北太平洋とアラスカ沿岸、ベーリング海である。アラスカ沖とひとくくりで言ってもいいだろう。そこで水揚げされる魚の主だったものは、サケ※2、タラ(Cod)、スケソウダラ、サバ、銀ダラ、カニなどだ。

シアトルが果たす漁業基地としての機能は多方面にわたる。まずは船の繋留、この港はチッテンデン水門によって海と隔てられている良港だ。ユニオン湖に続く淡水の漁港であり、船底に着く貝(フジツボなど。船足が落ち、船の燃費が悪くなる原因)は、船を淡水に繋留することで逆に落ちやすくなるメリットがある。潮の満ち引きも、しけの心配もない。次いで船と船具のメンテナンス、修理、艤装などを請け負うあらゆな船のパーツでも、鉄道、トラック、空路で調達可能である。また、魚網やクラブ・ポットなど、漁具の調達、修理、保管の施設も充実している。

漁師達の家庭、休養、漁船団の基地、管理会社もこの母港があることをベースに成り立っている。海運、船舶関係、漁業関係を支える周辺の産業が、この北シアトルに集積しているのは、シアトルの黎明期よりスカンジナビア系移民(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)の多くが漁師、船乗り、船大工などの職をこの地で営んできたからでもある。

母港としての漁港もさることながら、人々の目には映らない水産業の街の顔もシアトルは持っている。それは、海産物取引のマーケットとしてのシアトルである。近年は獲った魚介そのものは洋上の母船上または、アラスカ沿岸の漁港に陸揚げされ加工・冷凍される。例えばアリューシャン列島のダッチ・ハーバーなどがつとに有名である。

そして水揚げ、加工生産高などの情報は、シアトルに集められる。加工業者、仲買人、サプライヤー、そしてバイヤーもシアトルにオフィスを構える。もちろん日本の主だった水産会社も10社以上シアトルにオフィスを構えている。つまり穀物のシカゴ、石油のニューヨークと同じく、シアトルは北太平洋の海産物の重要なマーケットを形成しているわけだ。
シアトルで商談がまとまり、最終的な行き先が決まった海産物は、アラスカ湾岸の各港に集荷され、専用船かコンテナ船に積まれて、日本を始め世界各地へと向かうことになる。

身近に体験するシアトル漁港

一般の人にはなじみの薄いシアトル漁港ではあるが、海と魚を体感できる機会は私達の身近にもある。最も良い機会は、9月のレイバー・デー前後の週末にFishermen’s Terminalで催されるシアトル港湾局主催の海と魚のフェスティバルだ。テントや出店がいくつも並び、サケのさばき方、漁船の見学など毎年盛りだくさんのイベントが用意され、大人も子供も楽しめる。2月中旬現在、2009年の夏の予定は未定なので、夏になったらシアトル港湾局のウェブサイトでチェックしてみよう。また、手軽にシアトル漁港を海から廻るには「Sunday Ice cream Cruise」がうってつけだ(Information参照)。

ーフード・レストランが2軒入っており、新鮮でおいしい魚料理が味わえる。正面1階にはターミナル直営の魚屋が店を構え、船から直接仕入れたサケを始め、新鮮な米北西部の海の幸がひと通り手に入る。また、漁を終えて埠頭に帰ってきた漁船から、天然サケなどを直接買うこともできる。その時ごとに、ターミナルの入り口辺りに看板を出しているので、気をつけて見ていよう。
数千トン・クラス以上の大型トロール船や加工母船は、Fishermen’s Terminalではなく、シアトルのウォーターフロント北側、ピア91、92に停泊する。Elliot Bay Parkの北端から歩いて数分の所である。

海の幸
▲ノースウエストに住む人々の幸せのひとつ「海の幸」。安くてうまい、新鮮なカニが身近に手に入る
キング・サーモン
▲米北西部産魚介類の代表格であるキング・サーモン。地場(Wild Caught)の魚は掛値なくおいしい。写真はパイク・プレイス・フィッシュ・マーケット
トロール船
▲北太平洋、ベーリング海で操業するトロール船。この船で2,000トン・クラスと思われる


海は広いな♪深いな、見えないな

俗に言う“山出し”である隊長は、森や山は得意な分野だが「ノースウエストの海と魚」という、畑違いのテーマには手も足も出せずにいた。興味は尽きなかったが、海は広く、すべてつながっていて、見て観察することがほとんどできないのである。それは海そのものがそうである以上に、海の中の生き物とその生態系にも言える。

ちょっと思い比べてみて欲しい。例えばレニア山の森林には、どの標高にどのくらいの大きさのヘムロックが何本生えているかすぐにわかる。カスケード山脈のどこで何年に山火事があって何百エーカーが焼けたとか、何年前に伐採、植林されたとかの記録を辿ることはたやすい。現代は衛星写真解析の手法も確立され、世界中の森林のデータは容易に入手できる。対して海はどうか? ひと言で言うとわからないことだらけである。それは素人の隊長のみならず、驚いたことに長年海と魚に携わってきた人達にとっても、五十歩百歩なのだった。

ずっと「無尽蔵」と思われてきた魚介類は、実は「近年、急に捕れなくなってきて、初めて資源量の枯渇が問題になってきた」というのが実像である。そしていざ調べ出すと、陸の手法は全く用を成さない。サケの生態もウナギの生態も、ほとんど研究の緒に就いたばかりと言っていい。

ほとんどの魚種で漁獲率が減りつつあること(量ではない。減った分は操業を延ばしてでも水揚げをしないと採算に合わない)は、はっきりしている。その原因には、捕り過ぎ、温暖化、環境ホルモン、養殖漁、ダムの影響などが考えられるが、あるいはこれらのすべてが関係しているのかもしれない。五里霧中の状態である。

○○が減った、△△が増えたということは、漁獲量から推定するしかない。サケやマグロ、タラなどの大型漁が減ったことで、海の食物連鎖がどう変わるのか、今後どうなっていくのか。ひとつの扉を開けると、十の未知の扉が待っている状態だ。かたや全世界的に食糧供給の海に対する期待は高まるばかりだ。地球温暖化の問題にも通ずる暗然とした気持ちに陥りそうになる。シアトル漁港についての取材をするにあたり、「私達の食生活はつまりそういった不明確なものの上に成り立っているんだなあ」ということが、まずわかったことだった。

今回のこのシリーズのキャラバンには、隊長に心強い水先案内人がついている。シアトルから日本向けの海産物を輸出して四半世紀余り、その間の海の移り変わりも、人間世界の移り変わりもつぶさに見てきた水産関係者のAさんだ。次回以降も、現場のいろんな話を聞かせていただくことになる。感謝。

※1 シアトル・ダウンタウンのウォーターフロント、ピア54~ピア70にかけて、かつてはサケ缶工場が軒を連ねていた。今は広い桟橋や澪つくし(海中の杭)だけが往時を偲ばせる。アバディーンやアストリア近辺の北西部海岸など、古くからの漁港でも同様である。
※2 北西部で見かける主なサケの種類の英語名と日本名は以下の通り

英 語 名(別 名) 日 本 名 
天然サケ
キング・サーモン(シヌーク・サーモン)鱒ノ鮭
コーホー・サーモン(シルバー・サーモン)銀鮭
ソックアイ・サーモン(レッド・サーモン)紅鮭
チャム・サーモン(ドッグ・サーモン)白鮭
ピンク・サーモン樺太鱒
養殖サケ
アトランティック・サーモン大西洋鮭

 

Information

■パイク・プレイス・フィッシュ・マーケット
今やシアトル一の観光名所であるパイク・プレイス・マーケット。中でも魚が飛ぶパフォーマンスで有名なこの魚屋は、ネット販売もしている。ちなみにオーナーは日系人のジョン・ヨコヤマ氏。
Pike Place Fish Market
ウェブサイト:www.pikeplacefish.com

■シアトル港湾局
キング郡にあるシアトル港湾局はシータック国際空港と貨物、旅客(フェリー、クルーズ船)、商業/漁業それぞれの港湾施設を一括管理するシアトルの中枢的機関。ちなみにCEOはこれも日系人のテイ・ヨシタニ氏。
Port of Seattle / Fishermen’s Terminal
ウェブサイト:www.portseattle.org/seaport/marinas/fishermensterminal/

■サンデー・アイスクリーム・クルーズ
通年で毎週日曜の11:00 a.m.と3:00 p.m.にユニオン湖からシアトル漁港を廻る45~50分のツアー。料金は大人$11、子供$7。沿岸の景色を眺めながら船内でアイスクリームとソフト・ドリンクが楽しめる($2~$4)。
Seattle Ferry Service M/V Fremont Avenue
ウェブサイト:www.seattleferryservice.com

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。