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ノースウエストの海と魚(3)魚達の話(後編)

アメリカ・ノースウエスト自然探訪
2009年05月号掲載 | 文・写真/小杉礼一郎

ピュージェット湾の海底にある“竜宮城”へ出掛けた隊長。
マグロ、タラ、サケの種霊達の話にノウ姫も加わり
北西部の魚達の話は、しだいに佳境に入っていった。

富山県の高岡駅から出るローカル線の列車
▲隊長の故郷、富山県の高岡駅から出るローカル線の列車には、高岡出身の漫画家、藤子不二雄による名産品のブリが描かれている
サーモン・フェスティバル
▲コロンビア川の支流サンディー川で毎秋行われているサーモン・フェスティバルにて。レンジャーがサケの産卵、生態を子供達に解説している様子


北の自然の主・サケ

「皆さん、まぁ随分にぎやかね」。タイやヒラメを従えゆったりと入ってきたプリンセス・ノウ。皆にムーンバックスコーヒーを振る舞うと、自分も座に加わった。おいしいコーヒーを喫する皆を満足気に眺めながら、ノウ姫は「これはエメラルド・ブレンドですわ」と言い、次いでサケの種霊に「ところで北西部の自然の営みのシンボルは?って問われたら、サーモンさん。間違いなくそれはあなたの種の仲間でしょうね」と水を向けた。敬愛する姫にそう言われ、瞬く間にレッド・サーモンになって口ごもるサケ。すかさずタラが助ける。「そりゃそうさ。だってケモノ、鳥、人間、そして森や草原も、みーんなサケのおかげで豊かになってきたんだ。ずっと大昔より、北から南までだ。あんたは言わばノースウエストの人と自然のソウルフードさ」。マグロもフォローする。「俺達、魚の種は海にも湖や川にもたくさんいる。川を上る仲間もいる。でも海に流れ入る山の幸を、また山まで行って森に返す律儀なヤツはサケ、お前達しかいないな。頭から尾っぽまでボロボロになりながら川を遡っていく。ワイルド・ウエストのスピリッツのようなあの連中には心の底から敬服してしまうよ。そうさ、誰もが認めるノースウエストの海と森をつなぐ生き物のシンボルだ」。隊長も続けて「そう、北米だけでなく、ユーラシア大陸の両岸でもそうです。ロシアの沿海州から北日本の先住民にとって、サケは海の幸の代表格だし、トバ、塩サケ、スモーク・サーモンなど、古くから人々の食文化にサケは欠かせないよ。それにクジラと同じで捕ること、食べることは人々の伝説と生活に深~く根付いているんだよ」。しかしサケは、チャム・サーモンの浮かない表情になり、おもむろに口を開いた。

スティールヘッド(ニジマス)を焼く隊長 ▲キャンプ場を流れる川で釣れたスティールヘッド(ニジマス)を焼く隊長。これぞ地産池消料理
サイン
▲シアトル漁港フィッシャーマンズ・ターミナルでは、天然のサケを漁船から直接買うことができる。このようなサインが目印


サケの怒り

「皆さんに私達サケの仲間を讃えていただいてとても光栄だがね、仲間の数は減っているんだ。君達のような大型魚と同じようにね。半世紀前に比べると水揚げ高は半減している。いいかね、半分というのはあくまで人間に捕まった数だ。生息数はきっと大変な減りようだろう。たとえばコロンビア川へ産卵に上る天然サケの数は、この100年間で数%にまで下がったんだ。鯛長、よく聞いてくれ。もう1度言うよ。数%減ったんじゃない、数%に減ったんだ」。隊長「……」

さらにサケ。「人間は20世紀末から慌てて私達を絶滅危惧種に指定した。でも、とても心配だよ。“食う、食われる”は、自然界でちっとも悪いことじゃない。シアルス酋長※1が言っていた通り、すべてはつながり回っているからね。大事なのは生まれるか生まれないかだよ。我々サケが1回に3,000の卵を産んで、そのうち2,998の命が失われるのは悲しいことではない。それがずっと続くことが我々の種にも他の種にも大事なのさ。ところが2,998が2,997でも2,999でも、とても困ったことになるんだよ」。しだいに熱くなるサケ。「弱肉強食って言うが、弱い者を食い尽くしたら、その時が強い者の終わりの始まりだ。そんな当たり前のことをどうして人間はわからずにきたのか? 食う者も食われる者もたくさんの種が一緒にい続けることが大事なんだ」

サケの話は続く。「全霊の長を自認しているようだけれど、人間は本当のところは何もわかっていないではないか。私達が困るのは、人間達がわかっていないことではなく、自分達がわかっていないことを“今の人間”がわかっていないことだ。ここらでは1万年以上前から先住民はサケを捕っていたさ。でも決して捕り尽くさなかった。それはクジラでも、アザラシでも同じさ。いなくなっていちばん困るのは後の人間だからね。昔の人間達はわからないものに謙虚だったよ。今の人間は、今の世代さえ良ければ後はどうでもいいと思っているみたいだ。いったいあなた達の種霊はどうしているんだ? 種霊がいなくなる種は長くないはずだが?」。この問いに黙る隊長。マグロが助け舟を出してくれた。「そう、何が原因か、人間はまだ突き止めてはいないさ。それでも90年代から調査をして、サケ保護策を作ったりハッチェリー※2の見直しもしている。連邦政府と各州政府も、海と川で漁獲制限を始めたよね」。続けて「それに養殖ではマグロよりサケのほうがずっと成功しているじゃないか」。そのひと言にサケはキレた。「アトランティック・サーモンのことかいッ、あれはサケじゃない! 海のブロイラーだ。色素剤、防虫駆除剤、抗生物質と成長促進剤入り飼料を食わされて体だけ天然の倍の大きさになる。このあたりで出回っているのはBC州やチリの沿岸で養殖されているが、彼らは人間にワイルドの魂を抜かれた生き物だ。かわいそうに、帰っていく川もないのだ」

サケの怒りに座はしんとなってしまった。

「……でも」とタラが言う。「まだ、手探りだけれど、このままのやり方ではいけないという人間の声も出てきているようだ。たとえば深海の底引き網漁※3とか、延縄の混穫問題※4などに目を向ける人達が出てきた。漁師にとっては、そりゃあ大漁はうれしいけれど、それよりも漁をずっと続けられることがより切実な望みだろうよ。それは消費者も一緒だろうし、魚だって同じさ。この星にいる生き物は一蓮托生なのさ」

「食べ物でひとつながりということなら、汚染物質についてもそうだな。メチル水銀、ダイオキシン、PCB、放射性物質……どんどん新しいものが出てきて、それは結局ぜーんぶ海に入ってくる。そしてお定まりの食物連鎖の頂点にいる私達大型魚に集まる。それがアザラシやクジラ、そして人間にパスされる。ただその間に生き物達の生体に遺伝子異常や病気などのいろんな障害を起こしていく。うまけりゃいい。食えればいいっていうことじゃないよな。ひどい話だが、これも一蓮托生のひとつだ」

隊長の抗弁・ノウ姫の想い

「やっぱり弁解にしかならないけれど」。……いたたまれなくなった隊長が口を開いた。「市場経済とテクノロジーに鼻面を引きずられて来て、気が付いたらひどいことになってしまっていたというのが、この半世紀の間に人間が海や魚にやってきたことだろうな。昔は良かったとか、ロハスが良いとか短絡する気はないけど、地場の海産物を地場で食べていたあのころに戻りたいよ」。重かった口が少し滑らかになる。「私が生まれ育った日本海の近くではね、アジ、マイワシ、キス、カワハギなど、近くの海の魚は安くて新鮮でうまかった。甘エビ、ズワイガニ、タコ、イカ、ホタルイカ……何でもあった。そして寒くなるとブリが揚がった。マグロさんには悪いが刺身や照り焼き、煮付け、アラの味噌汁など、そのうまさはオールマイティーだった」。「そうだよ、マグロとサケだけじゃない、ローカルの魚にもっと目を向けよう。ハリバット、ブリ、カツオ、マヒ、サバ、サンマ、ニシン、アジ、イワシ、ホッケ、何だってあるな」。「そうですよ、いろんな種の魚を少しずつずっと楽しめばいいんですよ」とタラ。

ふたたび隊長。「それと皆さん、海の保護区のことは知っているかい? ニュージーランドが進んでいるんだけれど、豊かな自然が残っている海域で、人間の活動を一切禁止して海の生態系を残す場所だ。魚達が安心して繁殖できる、言わばサンクチュアリだね。自然保護にも悪評の高かったアメリカの前政権だが、最後の置き土産でマリアナ諸島とサモアの周辺などの3カ所計約50万平方キロに保護区を設定した。それとハワイ沖の海洋保護区を、この国としては15年振りに世界遺産申請することになった。どれもお金の掛からない政策ではある……が、これらが発端となってあなた達が安心して種を保つことができる海が戻ってくればいいんだけれど……」。隊長の言葉を受けてノウ姫が続ける。「私達のいるパシフィック・ノースウエストは、その名の通り北太平洋の豊かな海の幸に恵まれています。……が、それだけではありません。山、川、平原、森林があるからこそ、サケやトラウトなどが身近にいるし、土壌も豊かなので農産物の物なりが良い。山のベリーやナッツを始め果物もたくさんできます。乳製品や肉もあり、おいしいビールやワイン、日本酒も造られています。地理的にアラスカにも極東にも近い。だからコーヒーだけではありません。アメリカの中でもエスニックやコスモポリタンなど、多彩な食文化が根付き、自由に花を咲かせることができる恵まれた土地が、このノースウエストなのです。この豊かさに感謝しましょう。隊長、人間にできることはたくさんありますわ」。そう話すノウ姫を見ながら隊長は思った。どこかで会ったかな?

「イルカ(やミズガメなど)に優しい」という証明マーク
▲魚のパッケージに付いていた「イルカ(やミズガメなど)に優しい」という証明マーク。混獲対策改良型の延縄漁で水揚げされたとを意味する

エピローグ

にぎやかな会談はあっという間に終わった。「このノースウエストの海がずっと美しく豊かでありますように」と祈るノウ姫。みんなそれに唱和して祈りを捧げる。「皆様、今夜はご苦労様でした。どうぞ気を付けてお帰りください」。先に立って門まで送りに出たノウ姫が嫣然と微笑んで隊長にささやいた。「少しはお役に立てましたか?」「はい。ありがとうございます。えっと……」と言い掛けたが、またしてもサケ、タラ、マグロがワッと話し掛けてきた。「鯛長、元気でな。ブリも良いけどよ、たまにはトロも食いなよ。じゃな」「きついことを言いましたが、機会があればサケのことを人々によくお伝えください。またお会いしましょう」「Aさんによろしくね。忙しいだろうけどさ、たまには海へ訪ねてきてね。さいなら」

ノウ姫にあいさつする間もなく、隊長は再びカメボートの人となる。奇譚じみた体験の疲れから、すぐに眠りに落ちつつ思った。また、ここへ来られるだろうか? あ、そういえば玉手箱はもらわなかったが、姫から何か紙をもらったな。玉手紙ってか……そう思いつつ紙片を手にして眠ってしまった。

メモにはこう書いてあった。「カニやカキの種霊達も鯛長と話したいそうですよ。またムーンバックスカフェへお越しください。それと締め切りは守りましょうね。 Princess NoWe 」

※1 シアトルの名の由来となったその地の先住民の酋長シアルス(Sealth or See-ahth )。彼が残した多くの箴言は自然と人間の真理を見事に表していて、現代の私達にまっすぐ向かってくる。引用の原文:「動物達なくして人間とは何か? もしすべての動物が死に絶えたら人間は魂の寂しさに耐え切れず死んでしまうだろう。動物達に起こることはいずれ人間の身にも起こる。すべての命はつながっているのだ」

※2 魚の人工孵化から稚魚の養殖を行う施設。稚魚は大きさが2インチ位まで水槽で育てられ、川に放流される。北西部の主な河川沿いには主にサケの孵化を行うハッチェリーが数多く点在する。近年、ハッチェリー産サケの生存力の低下と、それが天然サケと交雑して種全体の生きる力の低下が指摘され、ハッチェリーの抜本的な在り方が問題となっている。

※3 大型船による深海底引き網漁は海底の生態系を回復できない状態に破壊し、しかも市場に出す以外の海の生物もすべて捕らえて殺してしまう収奪廃棄漁法。
※4 延縄漁は長い釣り糸にたくさんの釣り針とえさを付けて船から流し釣りする漁法。狙った魚以外にサメ、イルカ、ウミガメ、海鳥など、海の生き物が犠牲になる。

Information

■サーモン・ネーション(Salmon Nation)
ポートランドに本部を置く市民団体。サケを自然と人間の関係で多角的に理解し、その保護につながるさまざまな活動を行っている。
ウェブサイト:www.salmonnation.com

■海洋保護区(Marine Reserve)
「海洋保護区」は新しい時代の新しい概念であり、いまだ国際的な制度として確立されているわけではない。が、いずれその性格上、国際法(あるいは「地球法」)として世界の海洋の各地に順次設定されていくであろう。
国立公園と海洋保護区についてのウェブサイト
アメリカ(ナショナル・ジオグラフイック公式日本語サイト)

www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=63118835&expand
ニュージーランド(政府観光局公式日本語サイト)
www.newzealand.com/travel/ja/sights-activities/scenic-highlights/

Reiichiro Kosugi
1954年、富山県生まれ。学生時代から世界中の山に登り、1977年には日本山岳協会K2登山隊に参加。商社勤務を経て1988年よりオレゴン州在住。アメリカ北西部の自然を紹介する「エコ・キャラバン」を主宰。北米の国立公園や自然公園を中心とするエコ・ツアーや、トレイル・ウォーク、キャンプを基本とするネイチャー・ツアーを提唱している。