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【私の転機】パフォーマー 演出家 振付家 蛯名健一さん

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シアトルやポートランドで活躍する方々に人生の転機についてインタビュー

オーディション番組『America’s Got Talent』で、独自のパフォーマンスを披露して見事優勝した蛯名健一さん。渡米や、オンリーワンのパフォーマンスが生まれたきっかけを伺った。 (2013年12月)

パフォーマー 演出家 振付家 蛯名健一さん
蛯名健一(えびな・けんいち)
20歳で渡米。大学在学中に独学でダンスを始める。観客を楽しませるため、ダンスを含めた総合エンターテインメントに移行し、世界各地の舞台でショーを行う。2013年9月まで放映された『America’s Got Talent』のシーズン8で優勝。

子どもの頃、映画『Back to the Future』を見て、アメリカへの憧れの気持ちが芽生えました。また、昔放映されていたテレビ番組『なるほど!ザ・ワールド』でラスベガスの特集を見て、いつか行きたいと思いました。僕はバイクに乗るんですが、ハーレーでルート66を横断したい、という夢もあったりして。
 
アメリカに行きたいというおぼろげな願望はずっとありましたが、渡米した直接のきっかけは失恋でした。高校卒業後はしばらく働いており、当時の彼女との結婚を真剣に考えていました。でも、振られてしまって。失恋から立ち直った時に、「そういえば、アメリカ行きたかったんだ」と思い出したんです。

– ダンスと出会った 大学の新歓パーティー
20歳で渡米。大学の新入生歓迎ダンスパーティーでの出来事が、ダンスを始めるきっかけになりました。ダンスクラブで皆が円を作り、その中心で一人一人がダンスをする流れになったので、知っているステップを披露したんです。そうしたら、すごく盛り上がって。自分のダンスが格好いいからだと勘違いしました。実際は笑われていただけだったんですけどね。当時の私は、中学時代に友人からいくつかステップを教わったことがあったくらいで、ダンスはほぼ未経験。でも、この時に、人前でパフォーマンスをすることの面白さ、気持ち良さに目覚めました。

それから、独学でヒップホップダンスを始めました。しかし、ダンスだけで飛び抜けた存在になろうとすると競争率が高い。ダンサーとしてベストになるには努力が必要ですが、僕は努力があまり好きではなくて。そこで、「ベスト」ではなく「オンリーワン」を目指すことにしたんです。ダンスは一つの要素として、総合的なエンターテインメントを目指しました。

– 複雑な気持ちだった AGT優勝
この独自のスタイルを確立し、昨年からワンマンショーを開催するようになりました。『America’s Got Talent』に参加したのは、自分の映像が使われれば、宣伝になると思ったからです。優勝はまったく意識していなかったのですが、なぜか勝ち残ってしまって。自分の年齢的にも、今後の方向性としても、演出の方に進みたいと思っているので、出演2回目以降は、演出に力を入れました。ディレクターの能力をアピールして、今後の活動の布石になれば、と考えていたんです。
 
ファイナルの僕のパフォーマンスはあまり良くなく、他の出場者が優勝すると思っていました。優勝した瞬間は、「優勝しちゃった…」と思いました。準優勝のテイラーに申し訳ない気持ちと、いろいろな思いが入り混じって複雑でした。でも、テレビの前で応援してくださっていた方たちには、心から感謝しています。ありがとうございました。日本人や他のアジア人の方々から、元気付けられたというメッセージをたくさんいただいて、うれしかったです。そういう面では、出場して良かったと思います。
 
今後は、世界中へワンマンショーのツアーに回りたいです。ディレクターとして演出を手掛け、実力あるパフォーマーと一緒にショーを作ることにも挑戦したいですね。日本でパフォーマンス団体を作り、日本から世界への発信もしたいと思っています。

パフォーマー 演出家 振付家 蛯名健一さん
▲ ユニークなパフォーマンスで客席を魅了した
 
*情報は2013年12月現在のものです